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    戦争とウズとロシア③ 戦った人びと

    昭和の日曜日のデパートは、白い人の記憶から始まる。

    あの頃、デパートの前にはたいてい

    真っ白い服を着たおじいさんがゴザをしいて、日がな一日座っていた。

    傍らに杖をおいて、手や足がなかったり眼に包帯を巻いていたりした。

    たいていは軍歌のテープを流していたが、

    或いはアコーディオンやハーモニカなんかを演奏したり

    自分で歌っていることもあった。


    あの人たちは何をしているの と母に聞いた。

    ショウイグンジンという言葉をそれで覚えた。

    戦争に行くと、怪我をして働けなくなることがあるということと、

    中には怪我をしたふりをして 働かずにお金をもらおうとする人がいる

    ということを知った。


    あの人たちはあそこに座っていれば 食べていけるだけお金をもらえるのか、

    家族はいるのか、目の見えない人はここからどうやって家に帰るのか、

    手のない人はどうやってお料理をするのか、

    偽物のショウイグンジンがお金をもらったら

    本物のショウイグンジンは困るんじゃないのか、

    偽物のショウイグンジンはどうやって見分けたらいいのか、

    デパート前に来ることもできないほどの怪我をしたショウイグンジンはどうしているのか、

    次から次へと心配になって母に聞いた。

    ショウイグンジンを一日ずっと遠くから観察して 帰る家までついていきたい とさえ思った。


    私にとっての最初の戦争の記憶のひとつであると同時に、

    初めてディスアビリティーを認識した存在だった。

    ヘレンケラーを読むよりもずっと前の話。

    彼らはやがて姿を消した。どこへ行ったのだろう。


    ウズベキスタンでは、毎年 対独戦勝記念のパレードがある。

    軍隊でモンゴルにいた、アフガン侵攻に加わった、という話を聞くこともある。

    日本より戦争が近くにあった。

    退役軍人はまだ姿を消していなかった。

    それにタシケントの日本人会では

    毎年 春と夏に 抑留者のお墓にお参りをする。

    私は帰れるけれど この人たちは帰れずに客死した ということの重さが、

    海外駐在者にはリアルに響く。


    パリで たまたま11月11日の休戦記念日に 戦没者慰霊のパレードを見た時には、

    退役ベテランにまじって

    白黒縞の囚人服を着たお爺ちゃんが歩いているのをみつけて驚愕した。

    収容所を生きぬいた彼は まだその人生を生きているじゃないか。

    まだまだこんなに強烈なメッセージを振りまいて歩いているじゃないか。

    日本は、忘れすぎなんじゃないか。


    こういう自分の何気ない記憶が戦争とつながってるってことを

    私はウズにいる3年で ようやっと認識できた。

    私はおそらく、日本が戦争したことの傷跡をかろうじて見ることのできた

    最後の最後の世代だ。

    最近の子は ショウイグンジンも ザンリュウコジも知らないだろうし

    聞いてもイメージできないだろう。

    それはとても幸せなことだ。

    でも知らないことには謙虚で慎重でありたい。

    もはや日本人の約8割が直接戦争を知らない70歳以下だ。

    私達は戦争を知らない。

    これからも戦争を知らない国の民でありたいし

    私達のせいで家族を失う人など いてほしくない。

    何卒なにとぞ。
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    戦争について

    こんばんは。時々拝見しております。
    8/15に地区の戦没者慰霊祭のお手伝いをしました。お手伝い参加の若年層が、式典中に出てきた「フクイン」の意味が分からない、と言うので驚きました。ご親族が生還しなかった為その言葉を聞いたことがないのかも、と思ったり…ちとモヤモヤしております。

    Re: 淡水魚さま

    しょっちゅう放映があった横溝正史シリーズを見るだけでも
    そういう用語は覚えられたものですが、
    いまはなにしろ昭和は遠くなりにけりですね。
    岸壁の母なんて全く意味分からないのではないでしょうか。
    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して3年
    経ちますので
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