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    ウズのかき氷

    ウズベクでは来週からラマザン。

    断食しない人も多いけど、やる若者は増えている。

    毎度よくぞ暑いさなかのラマザンを乗りきっていると思う。


    暑い暑いウズベクでは、スイカをよく食べる。

    日本ではまったく好きではなかった私も 大好きになった。

    大きなひと玉を 毎日それは贅沢に食べていたので、

    日本に帰ってからも

    半額になったカットスイカを見つけると 重くても買ってしまう。

    まだ明るさの残るベランダで 風に吹かれながらスイカをパクつくと

    うぃーふー ウズいぜ と唸っちゃう。


    ウズベクでは、スイカの他に メロンやブドウや、

    とにかくフルーツで涼をとり、

    あんまいお菓子と 熱いチャイで エネルギーを補給する。

    あまり冷たいものは のどを痛める、体に悪い、と言って

    敬遠される。


    もちろん冷たいものを全く食べないわけではない。

    公園のソフトクリームは人気だし、

    クヴァス(黒パン発酵甘酒)だとか カクテル(激甘バニラシェイクもどき)だとか

    適度に冷えた飲み物はのまれている。


    ところが、ウズ人には 冷たいお菓子を家で作る習慣がないようで

    私が 白玉の寒ざらしとか コーヒー寒天だとか、

    マリナ(ラズベリー)と スメタナ(サワークリーム)を凍らせただけの簡単アイス

    なんかを 作って出すと、ずいぶん驚かれた。

    彼らの家の冷蔵庫には せいぜい コンポータ(フルーツの煮汁)が入っている程度なのだ。

    フルーツを凍らせることはあっても、それは

    アタプレーニエ(セントラルヒーティング)で乾燥した冬に

    ビタミン源として食べるもので、夏には食べない。

    ジュースやビールが常温で供されても、誰も驚かない。

    キンキンに冷えたコーラに氷を浮かべたり

    凍らせたグラスに注いだカチンカチンのビールを一気飲み

    なんてことは、あり得ないのがウズだ。


    でもウズにだって 少しずつ 世界の食習慣が入ってくる。

    TVやネットで見ていた ジェラートや スムージーや

    キレイで冷たくて美味しそうなものが

    ウズのカフェにも並ぶようになった2012年ごろは、

    氷と 色とりどりのフルーツを浮かべただけの バカ高い「アイスティー」が

    非常にオシャレな飲み物として セレブな若者の間で大流行した。


    そんな訳で、ウズベクでは氷なんて まだまだ縁遠い存在。

    かき氷を食べたい時は

    高麗人カフェか 韓国系のアルファベーカリーに行って

    パッピンス(韓国式氷あずき白熊風)を食べるしかなかった。


    でもでもこの度、実はウズベクにも かき氷があったことが分かった。

    1930年のサマルカンドを記録した映像に、



    バザールでの

    氷室で保存しておいた去年の雪にハチミツをかけた

    かき氷の屋台に群がる人や、

    コップに氷を浮かべた水 を売る屋台の様子が

    バッチリ映っているのだ。
    かき氷①
    かき氷②


    天然雪のハチミツがけ・・・おいしそうじゃないか。

    かき氷、85年前は食べてたんだなぁ。

    氷をかいたんじゃなくて 雪そのものだったから、

    却って今の時代には食べられないものになってしまったのかー。


    この動画には、レギスタン広場、シャーヒ・ズィンダ廟、

    ビビ・ハニム モスク、ウルグベク天文台などが

    修復前のボロボロの姿で映っていることも新鮮。

    この時代のウズも、見てみたかったなぁ。



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    修復前

    ども。頻繁にお邪魔してすいません。
    昭和59年7月第1刷発行のNHK取材班編『写真集シルクロード5中央アジア』に「修復中のビビ・ハヌィム寺院」と説明のついた写真があります。
    曇天の下、作業足場で囲まれたアーチが写っていました。色タイルがはげかかり、全体的に色褪せた様子でした。
    ソ連では宗教は否定されていたと聞きますので、宗教施設を修復するとは、ちょっとびっくりです。

    Re: 修復前

    > ソ連では宗教は否定されていたと聞きますので、宗教施設を修復するとは、ちょっとびっくりです。

    淡水魚さま

    そうですよね。
    特にフルシチョフ時代の宗教弾圧は強かったと聞いています。

    ただ同時に、ソ連では宗教施設としてではなく、
    歴史的文化財保護という観点の芸術運動がありました。

    初めは、ロシア正教の教会が中心だったようですが、
    西側諸国からの観光客誘致にも力を入れ始めた1970年前後から後は
    サマルカンドのような世界的に名の通った地域の歴史遺産は
    修復の対象になったと考えられます。

    現に、私の父も 60年代後半にサマルカンドを訪れていますし、
    74年公開の日ソ映画「モスクワ わが愛」でも
    日本人がサマルカンドに取材に行く描写があります。
    当時は日本でも、ソ連に行くならサマルカンドを見ておけ、という
    共通認識があったようですね。

    今のようにタイルまで焼き直してピカピカにしたのは
    独立以降ですが、
    サマルカンドは新しくし過ぎて修復の失敗例とする意見もあるそうです。
    でもビビ・ハニムは いい感じに崩れていて、
    往時を偲ぶには ちょっといいですよね。
    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して3年
    経ちますので
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