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    イスィリクよりヨーグルト?

    いきなりテルメズからそれるけれども、

    今日から日本ではウズベキスタンのコマーシャル(←動画) がオンエアされている。

    明治ヨーグルトR1のCM

    世界各国の体調管理法を紹介しては、

    日本には 明治ヨーグルトR1がある、と 加瀬亮がゴクリとやるシリーズの第5弾。


    ウズベキスタンの場合は、このブログでも何度か紹介した

    魔除けの香草焚き イスィリクの煙を浴びる、というもの。
    イスィリク

    UzbekFriendsさんが タシケントから10kgものイスィリクを運び

    私がレポート等を見ていた いまは日本留学中の女学生二人がアドバイザーをして

    完成したCM、日本で見られるウズベキスタンというに留まらず、親近感もひとしおだ。


    たくさん飲めばウズベク旅行券プレゼント、とかキャンペーンをやってくれないかなー。
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    テルメズ便り ~アフガンを望む

    テルメズ空港では、軍事施設と国境があるため

    レギストラーツィア(滞在登録)をしなければならない。

    パスポートを預け、いつからいつまで どの辺を周る予定か 申告するので、

    預け荷物がなくても 30~40分 待たされる。

    場合によると思うけれど、私達の場合は

    頼んでおいたドライバーまで空港内に呼ばれて パスポートを提出させられた。

    でも空港職員の雰囲気は至って のんびり。


    今回のドライバーは ジュマ(32)。

    祈りの金曜日 という名前の通り、なかなか敬虔なムスリムで

    案内してくれるイスラム建築では 真剣に祈りをささげていて

    その姿や作法が とても美しかった。

    ロシアに4年 出稼ぎに行っていたという。

    肌の色が浅黒く、国境の街に来たという実感がある。


    ジュマが運転するNEXIA車は まず線路を越えた。

    これが、最近話題になった カルシ - テルメズ鉄道かな…
    テルメズカルシ鉄道

    道は思ったよりも 緑にあふれていて、

    灼熱のアフガン 砂岩の国 というイメージを覆す。

    行った日は湿度も高く、タシケントとは違う国にいるようだ。


    車を走らせながら、まず どこに行きたい、とジュマが聞く。

    アフガンとの国境を見てみたい、というと

    そら、左はずっとアフガニスタンだよ、と彼は笑った。
    アフガン
    緑の向こうに とうとうとアムダリヤ川が流れ、その対岸はもうアフガニスタンだった。


    この近さか!

    こんなに延々と 世界的には危険と認識されている国と接しているのか。


    でも ここから見えるアフガニスタンの地は いたって平和そう。

    改めて、国境って そこから先が何かの境目ってわけじゃないってことを思い出す。

    危険だったり問題が起きているのは 国 じゃなくて 地域 なんだな。

    国境隔ててすぐドンパチやってるわけじゃないのに

    やはり日本人の私はそういう意識が希薄なんだと思う。

    そういう 私に足りないことが、ウズベクに来て以来 すこ~し 見えてきた。


    若くして他国に働きに出るとか、隣国に逃げてきた難民をテレビで見るたびに、

    国を捨てるなんて思い切ったことをすると思っていたけれど

    幼いころから 地続きで他国と接している ということを 体で感じている人達にとっては

    国を出るとか捨てるとかではなく、

    ただただ安全な地域に行く、食べられる場所に行く、

    それだけのことなんだ。

    テルメズ便り ~ハキム アット テルメジー廟

    アフガン国境をより強く意識できるという遺跡

    ハキム アット テルメジー廟 に着いた。


    中世のスーフィー派の有名な学者 ハキム アット テルメジーの墓と、

    9世紀ごろからの、アムダリヤ川に面した要塞の跡がある。


    要塞想像図                    アムダリヤ川↓
    テルメズ遺跡復元図

    実際の要塞跡
    テルメズ遺跡
    この遺跡の向こうはすぐ川であり、そこを渡ればアフガンだ。

    川の下を掘って アフガンまで渡れたという秘密の地下道跡も残っている。
    テルメズ廟 国境への抜け道か
    ただ、単に修行用の穴だったという説明を受けた人もいるので 真偽のほどは不明。


    現在は、テルメジー廟の方がメイン。

    立派な門が設けられ、ウズベク人の参拝が絶えない。

    ウズベク一暑い地域だけあって、タシケントではあまり見ない

    日傘をさした女性が多く歩いている。
    ハキムアットテルメジ日傘

    15世紀の建物らしいが、修復が行われたため

    ディズニーシーのような新しい印象のテルメジー廟。
    ハキムアットテルメジ廟

    中は 大変かわいらしい装飾が施されていて、
    テルメズ廟テルメズ廟内
    墓前に置かれたクルアーンに 皆 何度もキスをしていく。

    装飾が 美しい ではなく、カワイイ と書いたのは

    壁面が モザイクタイルであるように見せた 漆喰のだまし絵だから。

    サマルカンドのシャーヒズィンダのような荘厳さはなく

    素朴な親しみやすい やわらかい印象だ。


    しかし一歩外に出れば、あっつい。

    お土産屋さんで キンキンに冷えたアイスティーを買った。

    テルメズ便り ~ファヤズ テパ

    テルメジー廟からほど近い カラ テパは、現在も発掘中かつ

    かなり国境に近いため 常に軍が見張っている状態。

    事前に申請、許可をとらなければ見学ができない。


    しかし、そのカラ テパから見える距離にある ファヤズ テパは

    許可も要らなければ入場料も要らない

    BC1世紀から AD1世紀の仏教寺院と僧房の跡。
    ファヤズテパ
    3世紀 ササン朝ペルシアによって破壊され、

    1963年に発掘されるまで ずっと砂の下に眠っていたため

    タシケントの歴史博物館にある三尊仏はじめ 出土品は良い状態でみつかった。


    このドームの中に、一世紀ごろの本来のストゥーパが建ち、

    外側は それを保護するためのもの。
    ファヤズテパストゥーパ

    全体的によく整備されていて、在りし日の姿が想像しやすい。
    ファヤズテパ復元図

    アフガン側を望む。
    ファヤズテパ僧院
    左手奥の屋根が見えるだろうか、ここが カラテパらしい。

    歴史で習ったガンダーラ美術がここにあったわけだ。
    ファヤズテパ柱跡

    今はトカゲが住むだけ。
    ファヤズテパのトカゲ

    何を悟るか、トカゲさん。

    テルメズ便り ~テルメズのごはん

    スルハンダリヤ州は、あの タンディール ケバブの 生まれた 羊の国。

    丸ごと羊を 美味しく食べる術に長けている。


    ジュマのオススメ、新市街いちばんのレストランでランチをとった。

    レストラン Malika Gold


    普通のナンと、パイ状になったナン カトゥルマ。
    郷土料理1
    そして ここでしか食べられない、という 羊のスープ(手前)と 特別なショルパ(右)。

    どちらも とても良い味だが、特に羊のスープはコク深く、タシケントではない味わい。

    確かに ここでしか食べられない。来て良かった。


    メインには、カオルマ グシュ つまり Fried Meat を頼んでみた。

    どーん!
    カオルマ グシュ
    ラム リブロースの揚げ焼き。

    香ばしくて、脂の旨味がジュワッと出て、柔らかくて

    あぁビールが飲みたい~という 魔の味。 なんて美味しいの!

    しかしスープもナンもボリューミーだったので 大人3人でも食べきれなかった…

    1kg あったみたい。


    さて夕方、お腹がいっぱいのまま 炎天下 あちこち周って、うんと くたびれた。

    多少腹ごなしは出来たけれど 空腹にはならない。

    夕飯は何が食べたいかなー。

    何しろ帰りの飛行機は 23:10発。

    十時くらいまで 3~4時間 ゴロゴロいられる場所でなくては。


    そうだ!タプチャンがあれば、身体を拭いて、着替えて、サッパリしてから

    のんびり食べて 時間までゴロ寝していられるではないか。

    その間 運転し詰めでお疲れ気味のジュマも 家でゆっくり休めるし、

    ジュマもそれは良い考えだというので、

    タプチャンがあるカフェを探してもらった。


    そして彼は、友達に電話を掛けまくり 一軒思い出した。

    正確にはタプチャンじゃないけど、川床があるんだよ、

    しかもそこは、テルメズ一 美味しい羊の煮込みを出す店なんだ、

    さっきまでいた遺跡の近くまで戻ることになるけど、まぁ良いよね? という。

    川床?!テルメズいち?! 願ってもないじゃないか。


    着いた川床は、鉄骨を2本渡した上に 板を置いただけの簡易なもので
    川床
    酔っぱらったら最後、間違いなく ドボンと落ちるスリリングな造りだった。

    でも緑に囲まれ、気持ちが良い。


    まだ明るいうちからお客はひっきりなし。

    男子会あり、女子会あり、家族連れの姿もある。
    川床の語らい
    ただガイジンはまず来ないらしく、みんなチラチラと見る見る。


    ジュマは、お腹もそんなにだろうから、煮込みを とりあえず2人で300g

    それにナンとチャイを頼んでおくね、気に入ったら追加すると良いよ、

    じゃ、10時に迎えに来るから、と言い置いて 帰った。

    さ、遠慮なくゴロン。

    と、間もなく食事が運ばれてきた。
    川床カフェ
    おほ~い、気分はハーン(王) 、いや ハニム(王妃) だね これは。

    お肉は、驚くほどやわらか~く煮込まれていてホロホロと ほの甘い。
    羊の煮込み
    好みで トマトソースとケフィール(ヨーグルト)をかけて食べる。

    このソースの酸味が食欲をそそり、ペロッと完食。


    この店のメニューはこれだけで、あとはどの川床でも

    皆 ウォッカをたしなんでいらっしゃる。

    ゆっくりナンをヨーグルトにつけてつまんでは トマトソースをズッとすする。

    楽しそうなウズベク人たちのおしゃべりと笑い声、

    日も暮れて 真っ暗な中で寝転んで見上げる星空、

    気付けばカエルの大合唱。

    あ~、テルメズ 最高だ! ウズベキスタン じゅだ やふし!


    ジュマがよく言い含めておいてくれたのか、

    いつまで居座るのか とか もっと何か頼め とか 一切言われることもなく

    結局3時間半 寝かせてもらって、お会計は 23,000ソム(800円)!

    なんかごめんなさい。 ちもハニムは大満足ぞよ。

    テルメズ便り ~ズルマラ西遊記

    続いて、紀元前1~2世紀の仏教遺跡と言われる

    ズルマラ ストゥーパを見に行くことにした。

    沿道で農作業をしているおばさんに尋ねると、

    一本手前の農道を左に入れという。

    100mほど バックで走るジュマ。

    バックの走行距離が長いのはウズベクあるあるだ。


    そして細い農道を入ると、完全に農家の軒先に突っ込む形で行きどまった。

    ・・・あれか?
    ズルマラ

    どこかの家の畑には違いないんだろうけれど、幸い休耕中らしい。

    ここを行くしかないので、とにかく 砂埃をあげつつ 突っ切る。


    が、突っ切ってみたら

    今度は先程より広大に広がる 一面の麦の海が待っていた。
    ズルマラ仏舎利塔
    見事に青々そよそよしている中を、ジュマは躊躇なくグングン先を行く。

    麦踏み、という言葉があるんだから、麦は踏んでも良いんだろうかな

    等と思いつつ 私も何とか ふみ分けついていく。

    地面はうねり、所どころ水が流れ、まるで罠だらけだ。

    さらには、ハーフパンツで来てしまったことを恨む、鋭い らくだ草の攻撃。

    すねがヒリヒリと痛い。


    はぁはぁ言いながら ようやくストゥーパにたどりついた。
    ズルマラ2

    ぐるりと回ると 入口があった。
    ズルマラ3
    もうすでに日干しレンガは溶けかけ 風化も進み、

    中は真っ暗で 何もない。

    2000年前は赤く塗られていたらしいこのストゥーパは

    20世紀初頭、中央アジアで最初に発見された仏教遺跡となった。


    真っ青な麦畑のなかの真っ赤な仏塔

    麦秋にそびえる真っ赤な仏塔

    想像するとそれは素敵なコントラストだけれど、

    麦畑と仏塔の間には2000年の時の隔たりがある。


    そして7世紀、玄奘三蔵が旅したルートは

    サマルカンドからシャフリサーブス、テルメズと南下し、

    テルメズの渡しから アムダリヤ川を渡りアフガンに入って

    今のバルフを抜けてバーミヤンに至っている。

    もしかすると この仏塔でしばし旅の安全を祈ったかもしれない。


    ウルゲンチのカラ跡もそうだが、ここもご多分にもれず

    建物全体が 蜂の住処になっていて、

    大きな蜂が沢山ホバリングしているので あまり長居は出来なかった。

    私達は 元来た いばらの道を 引き返した。

    玄奘のたどった道に比べれば、楽である。

    21世紀には、車と 冷えたアイスティーがあるもの。

    テルメズ便り ~考古学博物館

    博物館は閉館時間があるから、先に行っておいた方が良いと

    ジュマが言うので、新市街に戻った。


    考古学博物館は、大きなスーパーの向かいにあって立派な建物だ。

    しかし中身は、他の博物館同様 レプリカが多い。

    ウズベキスタンでは、重要な遺物は殆ど 科学アカデミーに保管されている。

    それでも、仏教遺跡から出土したものを多く展示しているここは、

    充分に個性的だった。


    唐三彩の器は、ウズベク全土で多く出土している。
    博物館1

    ガラスの品々も交易の歴史の証。
    博物館3
    博物館2

    クシャーン朝の王子と言われる像(のレプリカ)。
    博物館王子
    ガンダーラ美術そのものという顔が美しい。

    多くが顔を壊されている中、顔がなくても大変迫力があった仏像。
    博物館坐像

    三尊物に雰囲気の似た 二段の仏像。
    博物館仏像

    鉄製の携帯仏壇。
    博物館仏像2

    本当にここは、仏教国だったのだ。

    ここを通って玄奘がインドへ行き 持ち帰った その仏典を、

    日本は唐に留学僧を送って 学んでいたわけだ。

    そんな昔に よく つながっていたものだ。

    修学旅行、京都奈良に行ってる場合じゃないよね。

    テルメズ便り ~キルクキズ

    高い塀の塔の上で子供たちが遊んでいる。
    キルクキズ

    遺跡が遊び場なんて、贅沢だ。

    ここは 4~5世紀の遺跡 キルク キズ。
    キルクキズ1
    40人の乙女 という意味だ。

    修道院だったとも言われているが 定かではない。

    グライム姫と40人の女官が遊牧民の侵攻を撃退した という

    有名な伝承にちなんで名づけられたものだという。


    正方形の塀に囲まれており、四方には塔があり

    細かい部屋に分かれている。
    キルクキズ内

    子供たちは純朴で、ガイジンの私達を見つけて驚き、

    何人だろう、お前聞いてみろよ、お前が聞けよ、

    日本人じゃないか、ならコニチワか?コニチワだろ、お前 言ってみろよ、

    なんてヒソヒソやりながら ずっとついて来る。
    キルクキズ3

    ある小部屋には、おみくじのように 布を沢山巻き付けた木が 一本立っていた。

    これは何なの?と ウズベク語で話しかけると、

    木の部屋だよ、と そのままにも程がある答えが返ってきた。

    これはよく ムスリマ女性がやる願かけだ。

    すると今は、名前からして女性の聖地ということになっているのかもしれない。

    イスラム以前の遺跡なのに、面白いことだ。


    乙女の遺跡を 駆け上り駆け下り、毎日楽しく遊んでいるのだね。
    キルクキズ2
    うれしそうに写真に収まった後、

    少年たちは、サヨーナラーと 塔を駆け下りて家に帰って行った。

    こんなカワイイ子たち、今の日本にも残っているかしら。

    ALWAYS三丁目の夕日 を見たような懐かしい気分にさせられたのは

    子供たちのせいか、それても日が傾きかけてきたからか。

    テルメズ便り ~スルタン・サオダット廟

    一番はじめに紹介した コカルドール・アタ
    コカルドル

    そして、スルタン・サオダット廟に着く頃には

    陽が大分 夕方のオレンジ色を帯びてきていた。
    スルタンサオダット廟
    11~17世紀に増築を繰り返したイスラム建築は

    今も現役の祈りの場だ。


    長い1日のタイムスリップは、ようやっとイスラムの時代へとやってきた。

    そして周りは、陸稲あおあお

    なんだか日本の田舎にいる様で
    稲
    誠に心ザワつく時間旅行。

    テルメズからタシケントに戻ったのは

    日付が変わってからだった。

    心残り

    ウズベク赴任前の 2010年の朝日新聞に、

    アライバザールでクルトを売るおばちゃんの記事が出ていた。

    詳しい情報も知り合いもない国に行く人間にとっては、ちょっとした記事も見逃せない。

    この記事を頼りに おばちゃんを見つけてみよう。

    それだけでも 赴任する目的がひとつ生まれ、行くのが楽しみだった。

    クルト売り

    クルトとは、「牛の酸乳に塩を混ぜて綿布に包む。

    石を載せて2日間、水分を抜く。」(2010年6月19日付 朝日新聞 記事より)

    それを掌で丸めてボール状に乾燥させたもの。
    クルト

    シズマ という くせのあるクリームチーズと同じ味で

    要は乾チーズ、おやつにおつまみに、ウズベクや草原の国で よく食べられている。

    発酵乳独特のぷんと臭う感じと 強烈な酸味が 日本人には苦手みたいだけれど、

    グリーシャにもらって以来、私は好きだった。


    だから、アライバザールに行くたびに、この記事のディルフザさんを探した。

    ディルフザさんからクルトを買って、この記事をあげようと思ったのだ。


    ところが、このディルフザさんが全く見つからない。

    記事の写真を見せて人に聞くと、彼女は火曜日に店を出すという。

    アライバザールは高いので、普段使いはしない。

    なかなか火曜日に行くことができなかった。

    たまたま用があった時に、あ 今日は火曜日だ、と思って 彼女を探しても、

    やっぱりいない。

    結局3年間、見つけることができなかった。


    アライバザールは、この記事が出た半年後

    大改装をしたので だいぶ雰囲気が変わってしまった。

    客足も減ったし 彼女も場所を変えたか、家庭の事情で商売をたたんだか、

    してしまったのかもしれない。


    今、日本の我が家は段ボールが山積みで、ゆっくり荷解き中。

    ウズベクで使っていたお財布から、厚紙に挟んだ この記事が出てきた。

    あぁ、渡せなかったな。

    この記事を見つけてくれた母に、ディルフザさんと一緒に撮った写真を見せたかった。

    思いのほか 残念な気持ちになった。

    ウズベクを去る時、いろんな人から

    やり残したことは?思い残したことはない?と聞かれたけれど、

    これが唯一の心残りかもしれない。

    もう少し真剣に探せばよかった。
    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して3年
    経ちますので
    情報はどんどん
    劣化していきます。
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