私は時々頼まれて、ウズベクの大学生の
日本語弁論原稿やレポートや論文の
ネイティブチェックをしている。
私も学生の頃は 英語の弁論原稿のネイティブチェックを頼みに
オーストラリア人の先生を頼った事があるので
お返しと思って引き受けていたが、
時には 意味が分からず頭を抱えることも、吹き出してしまうことも
ブログのネタになるような へぇぇと唸ることもある。
ある女子学生のレポートは書き出しが秀逸だった。
学生たちの昼休みは悲しげである、というのである。
きゃぴきゃぴの若者の昼休みが悲しげなんて、思わせぶりで詩的じゃないか。
読んでいくと、大学の昼休みが40分しかなく
そこに長蛇の列ができるので 時間内に食べきれないどころか
食べ物をゲットできない子すら多い、という問題がひとつ。
そしてメニューは高い上に美味しくない、という問題がひとつ。
さらに、食器の何もかもが古く不衛生だ、という問題がひとつ。
そういうわけで、悲しげなのではなく、
学生の食生活は貧しい、学生はかわいそう、ということを言いたいのだった。


確かにこの大学の食堂は ソビエトアンティークのレトロ食器の宝庫。
思わず失敬してしまおうかと思うようなカワイイ柄もあるが

しかし手に取ってみると、その気が瞬時に失せる 汚れや欠けのオンパレードだ。
その上 プロフは、美味しくないと評判で
値段も学食としての割安感はまるでないので
外に食べに行くものも多い。
そこで彼女は、問題点を掘り下げるため
学食のおばちゃん達に取材を敢行した。
すると、学食の料理番10人のうち、
プロの料理人は1人しかいないことが明らかとなった。
残りの9人は、レシピがあるわけでなく 各々アタシ流に
その日その日のメニューを作っているのだという。
レシピが無いってのは、そら、味も安定しないでしょうねぇ。
安定はしないだろうけど、家庭的に美味しくできそうなもんだけど。
値段については、このおばちゃん達ではなく
学長が決めているのだそうだ。
すると彼女は どうやって値段を決めているのか、と 学長にも聞きに行った。
材料費や光熱費などから足が出ないような値段設定にしている、という
大学本位の回答が得られた。
もっと学生生活の向上を考えてほしいと要望を出すも、
うんまぁ考えておきましょう、という政治家のような回答で
お茶を濁されてしまったという。
この大学は国立のくせに(いや、だから?)予算が無く人材もたらない。
先生が足りないので、院生や 時には留学帰りの4年生が
3年生を教えたりしている。
給与も滞りがちで、何年か前には 現物支給で大量の卵が配られた、という
嘘のような話も聞いている。
教科書だって、学生が一冊ずつ持っているのが当り前な日本とは大違い。
学部に一冊しかない教科書を、先生が授業の度に一課ずつコピーして学生に配り、
学生はそのコピー代を先生に払うのである。
学生は予習だって出来ないし、その教科書も誤謬だらけだったりする。
そんな大学だから、
学生のために安くて栄養のある食事をたっぷり用意する、
という食堂は遠い夢、
今年も学食には 悲しげな学生たちが漂うだろう。