FC2ブログ

    国際婦人デー

    3/8は 国際婦人デーだった。

    ウズでもこの日は祝日で、この日は男性が、日ごろお世話になっている女性へ

    おめでとうの言葉と共に 花束やプレゼントを贈る。

    冬の間、あまりパッとしなかった花屋が、

    今日ばかりは もう店の外まで お客が あふれかえる 盛況ぶり。


    仕事の関係で出入りする 大学では、

    クラスの男子が、クラスの女子のために 絵を描いて、

    玄関の窓に貼らなくては ならない ことになっている。

    それを授業中に、学部長が各クラスをまわって

    「いいわね?男子、描くのよ~」と脅すのだそうだ。
    婦人デー②
    婦人デー①

    私の中の最優秀作品賞は この、日本語学科1年生のクラス。
    婦人デー③


    私にも、一輪のガーベラをくれた 男子がいたには いたが、

    仕事関係から 私に、と 頂いたのは、なんと肉!
    婦人デーの贈り物

    タンディール(タンドールチキンのタンドールで焼く肉)という

    羊のリブと チキンの丸焼き。

    ゴルフ場近くの 惣菜バザールのが ピカイチで美味しいのよね。

    ウズ男子、さすが、わかってらっしゃるわ~。

    そう、私は花より団子派。

    ご理解、深く感謝します。

    ハノイ 新店舗

    ベトナム料理 ハノイ 移転した。

    味は変わっていないが、

    これまで1皿2本だった ネム(揚げ春巻き)が 1皿3本になって、

    その代わり めっちゃ細巻き ミニサイズになっていた。

    サクサク感が前よりアップしてる気がするので、ま、許す。
              ↑
    (前のまま、2本大サイズだったという情報あり、気まぐれなようです。)    
    ハノイ新店舗

    ヌクス通り90A ロシア大使館 斜め向かい

    (ガスピタンの ミラバッドバザールを背、
     フランツベッカライを前に見て 右方向へ 数百㍍)

    99871-255-8787

    10:00-23:00


    ちなみに、ここの隣は、インド人ツアーが バスが乗り付けてくる

    インド料理店。

    インド人ツーリストを捕まえて聞いてみたところでは、美味しかったという。

    今日、別のお友達にも聞いてみたら、あそこは美味しい方だ、とのこと。

    今度行ってみよう。

    でもここまで来るんだったら、ハノイに はいっちゃうかも…

          ↑
    2013年8月15日より ハムザ方面へ移転
    新ハノイ

    場所は リンクの チモラシュランMAPを参照

    この場所は 2014年現在 韓国料理トゥランチェ

    ウズの仏教遺跡

    シルクロードのど真ん中なのに

    ウズベキスタンには、仏教遺跡が 極めて少ない。

    チンギスハーンによる大破壊が主な原因と言われているが、

    ゾロアスターに始まり、現在のイスラムに落ち着くまで

    さまざまな宗教と支配者を戴いてきたこともあるだろう。


    本当なら、ブハラの先まで行かないと

    その遺跡も見られないのだが、

    今、タシケントで その仏教遺跡から出土したものを 見ることができる。

    仏教遺跡展

    独立広場向かい メトロからすぐの NBUギャラリーにて。

    4/28まで。

    この時期 ご旅行の方、チャンスです。

    (歴史博物館では ガンダーラ美術の仏像 1体 常設展示あり)

    ブロードウェイの春

    タシケントの ナヴォイ劇場 左手方面一帯を

    ブロードウェイと呼ぶが、

    最近は なぜ そんな名が付いているのか 不思議な程 すたれていた。


    しかし、春になって出かけてみると、

    以前つぶれた トルコアズというスーパー跡地が

    ポイタフト(ウズ語で 首都 の意)という ショッピングモールに

    生まれ変わっており、

    しょぼかったゲーセンは ミニマーケットに転身、

    いやに高級そうなモール・ザラフシャンには ZARA がテナントに入るらしい。

    陽気も手伝って 活気を取り戻しつつ あるようだ。

    フジンデーのブロードウェイ

    絵や、古銭、古切手、ちょっとした骨董なども

    道端に並べて 売っているし、脇の公園にはチャイハナもあるので、

    ちょっとした お散歩には ちょうどいい。


    そして ここは、ウズのモンマルトル、とも言える似顔絵かきのメッカ。

    インド人ツーリストが よく 描いてもらっているが、

    実は 旅行者相手ではなく、ウズ人相手で商売が成り立っている。

    こちらの人は 誕生日や 結婚祝いに、その人の写真を預けて 似顔絵を描かせ

    額装して プレゼントすることが とっても多いのだ。


     ↑
    2013年10月、ミールスーパーの跡地に

    ORZU という アスキーアートのような名前の 大きなスーパーもできて

    さらに賑わっている。

    キルギス⑦ ブラナの塔

    キルギス紀行 再開します。

    今日は ビシュケクを出て、一路 東へ。


    ビシュケクは、街中でも遠くに山を望むことができるが、

    街を出ると、一層 山々が近付いて来る。

    そして車を走らせること、およそ1時間。

    のどかな農村風景の中に、突如 だだっ広い空間が広がり

    木の向こうに ポツンと塔が見えてくる。

    11世紀初めの遺跡、ブラナの塔だ。
    ブラナの塔1
    今は24m。

    これでも周りは充分よく見えるが、当時は45mもあったという。

    さぞ遠くまで見渡せたことだろう。

    ブラナの塔2

    当時はこんな街(カラハーン朝の首都バラサグンか?とされている)だった様。
    ブラナ遺跡

    また、塔右奥には バルバルと呼ばれる 石人が 居並ぶ 野外博物館が広がる。 

    アラビア文字の石碑は年代を特定する上での重要な要素となった。
    ブラナの塔3

    私的 ベストOFバルバル は、この おかめちゃん。

    ブラナ ベストオブバルバル
    どことなく韓国的。


    21世紀の今行っても、山と土と草と羊とバルバルしか見えないこの地。

    ちょっとしたタイムスリップ。

    いろんな想像が 頭の中を 駆け抜ける。





    キルギス⑧ アク・ベシム遺跡を 探して

    ブラナの塔から北西に約6キロの所に

    6世紀から12世紀の遺跡(アク・ベシム)がある、と

    地球の歩き方に出ている。

    しかし地元の人は ほとんど知らない とも書いてある。


    ビシュケクで観光関係の省庁にいる という人に聞いても

    知らないと言われたが、

    ブラナの塔の小さな博物館の館長さんや、アク・ベシムの村の人は、

    もうみんな場所を知っているので

    まずブラナの塔まで行ってから 詳しく聞くと良いだろう。


    中央アジアでは、残念なことに 西遊記を 学校で習わないらしく

    この価値が実感できない様だが、

    この遺跡は、西突厥の 砕葉城(スイアーブ城)であったのだった。

    三蔵法師は 天竺までの道々、あるいは請われて、あるいは困って、

    様々な国に寄り道しては、

    安全なところまで護衛をつけて送ってもらったりしているが

    彼は ここ 西突厥にも立ち寄って、王に謁見している。

    まさに、その場所が今も残っているのだ。

    こんな感激することってあるだろうか。

    これぞシルクロードの旅の醍醐味ってものだ。


    車のドライバー氏に、ぜひ連れて行ってくれと 頼んでおいたのだけれど

    悪路の(未舗装の赤土を行く)ため、車が進めなくなってしまった。

    ドライバー氏は、今回 行き方を調べるに当たり

    僕の友達が 唯一 一人だけ その遺跡の場所を知っていたけど

    余程の歴史オタク以外には 時間の無駄だ、と言っていた、

    だから 今回は あきらめて ひき返さないか、という。

    え~!?


    そばの木蔭で ひと休みしていた 羊飼いに尋ねてみると、

    むこ~うの方に見える 小高い所が 遺跡であるという。

    ざっと見て1.5キロ、いや2キロくらい…

    炎天下、赤土と ぬかるみの 悪路。

    一瞬迷ったけれど、後悔はしたくない。

    行くべし。


    もしかしたらこの同じ道を、三蔵法師だって歩いたのかもしんない。

    なんて思いながら 歩いて行くと、

    向こうから 農業用トラクターが ベスベス言いながらやってきた。

    その昔はラクダのキャラバンが通った道を、今はトラクターが行くのだ。

    アク・ベシム遺跡
    暑くて寒くて、こんな所をずっと足で旅した三蔵法師の根性は

    すごいなぁ なんて感慨にふけるうち、気づけば到着。

    草ボーボーの 荒れ地に 土抗が ぼこぼこあるだけ。

    城の全容はつかめなかったが、

    周りは、360度 畑と山と草。

    三蔵法師が見た景色だって、大して変わらなかったんじゃないかとさえ思ってしまうほど。

    歩いて行けたことが却って良かった、とまで思える

    ちょっとしたロマンだった。

    キルギス⑨ チョン・ケミン

    遺跡を後にして、さらに東へ東へ―。

    採石場なのか、平山郁夫の世界なのか 分からないような

    荒々しい肌の 赤土の崖の合間を縫うように

    車はひた走る。


    この赤土山の はるか彼方には、天山山脈と思しき

    それは美しい 雪をいただいた山々が浮かび

    国内唯一の 電車の 線路と 並走しながら

    徐々に 緑や川ののどかな自然に 景色が変わっていく。
    電車

    と、ドライバー氏が 大きく 国道をそれた。

    いよいよ、今日の宿 チョン・ケミン村に到着だ。

    チョンとは、キルギス語で 大きいという意味で

    よく地名に付いている。

    つまり、大ケミン村、だ。


    名に反して、ガイドブックにも載っていない小さな村だが、

    ロシア語教室の同期生で 今はキルギスに住む男子に オススメされた場所。

    雄大な自然と、なかなかのものを食べさせる素敵な宿があるという。

    確かに、この山を 宿から見られるだけで 来た価値がある、と思わせる絶景の地だ。


    この河原では、毎年ナウルーズ(春分の日 今年は3/21)になると、

    羊の頭を落としたものを 馬上の騎手たちで 取り合う ポロのような 競技が行われる。
    チョン・ケミン村
    ここは 水の豊かな、美しい川沿いの農村。

    この川の水は、羊にとってもオアシス。

    たくさん放牧されていた。

    羊って、一頭が食べ始めると、皆その隣に並んで ハムハムしながら前進していく。

    結果、お尻ばっかり撮れる。
    おしりおしり
    目の前の草だけを 追い求めて 周りを見ないので、

    こういう川原ではよくコケている。

    ちょっとおバカさんなところが カワイイの。


    この村は、牛もいるし鶏もいるし、

    さらには 馬が ごく日常的な乗り物の一つ。
    チョン・ケミン 馬の生活

    畑で働くし、主を乗せ ちょっとそこまでお買い物にも行くし、

    観光客を乗せ 外貨を稼いだりもする。


    美しい馬や 菜の花畑なんか眺めながら、農村を 散歩していると

    何でもないような風景が 特別ぜいたくに見えてくる。

    チョンケミンの入道雲

    ポスターになりそうな立派な入道雲。

    プライスレス。


    でもこれは、何かが50ソム(約100円)。なんだろう…
    何かが50ソム
    宿のご近所さんの壁。

    薄くなってよく読めなかったけど、牛乳、と書いてあるのかな…?

    ぱ~っと 明るい春よ 来い

    ウズベキスタンでも、連日 地震と余震の ニュースは聞こえている。

    これから先も 年単位で 大きな余震に 注意せねばならないという。

    東海・関東直下型も4年以内とか言われているのに…


    この一週間は、一年前のことを思い出して

    ハートが とてもとても 疲弊した。

    それに追い打ちをかけた 相次ぐ地震。

    太平洋側の 人たちは 特に 生きた心地がしなかったろう。

    頼むから神様、もうこれ以上 怖がらせないでよ。


    今、こちらは、ウズの学生さんの 日本への留学試験が終わった矢先。

    昨年は 地震で 留学を取り消された子もいるから

    合格した子たちは みんな希望に燃えて、日本に行ける日を心待ちにしている。

    自分の親の収入を 上回る程の補助金を得て 留学できるなんていう

    ビッグチャンスは ウズベクでは そうそう ない。

    一人でも多くの若者に、世界を見て来てほしいと思う。

    でも親御さんたちは きっと とてつもなく心配だろうなぁ。

    今回のニュースで、中には 行かせてもらえない子も 出るかもしれない。

    1年前は、世界中から 温かい支援が届いて、

    日本だけで抱える悲劇じゃないんだ、

    世界中が見ていてくれるんだ、と気づかせてもらったけれど

    いまだに 日本の地震は、日本だけじゃなく

    世界の人々の人生まで 巻きこんでしまっている。


    寒い寒いと思ったら 急に暖かくなり

    かと思うと また雨が どどど と降ったりして

    もう春になるのに、なんだか 気持ちまで どんより、どんより。

    そして春のせいか、気圧のせいか、モーレツに眠いぞ。

    元気出していきまっしょい、私。

    キルギス⑩ バラクチ駅

    チョン・ケミンから 東へ およそ一時間。

    イシク・クル湖の西端、

    漁師 という意味の バルクチは

    ビシュケクから延びる 唯一の国内列車の 終点でもある。

    写真は、バスターミナル。駅もすぐ。
    バラクチ駅
    ちょっと、寂れてしまった感が否めない、二昔前の 観光地の 匂いがする。

    ここから 湖の北岸を行くと リゾート。

    南岸を行くと 地元の人が営む農場が広がる。


    明日はいよいよ、旅のハイライト、イシク・クル湖のチョルポン・アタへ。

    三寒四温っつーか

    昨日は、とても暖かい土曜日で、

    街中の人出も ものすごく多かった。

    ようやく春だ~とウキウキ。

    初もので、ゴブルグロム駅 名物の ソフトクリームを食べに行ったりした。


    のに!

    今日は、びっくりの 雪!

    しんしんと、どんどんと 積もってきてる。

    どういう3月なんでしょう、これは。


    今週水曜はもう ナウルーズ(春分の日)。

    こんなに 雪の多い冬も 珍しいが、

    かつて、こんな寒い中でのナウルーズは無かった、

    と地元のウズ人たちも首をひねる気候。


    もうそろそろ、家のガスを切りたいのになぁ。

    今年の冬は、本当にガスなしでは乗り切れなかった寒さ。

    おかげでガス栓は全開、ガス代は、毎月 目ん玉 飛び出ちゃうお高さだった。

    (家のガス代はガスメーター制)

    話に聞く、ガスメーター逆回し という裏稼業をするマスターに

    来てほしいわぁ と思っちゃった。

    しかし、外国人にもその存在が聞こえてくるってことは、

    ウズ人は みんな こういうメーター逆回しとか、袖の下作戦で

    公共料金の支払い額を 節約(というのか?)するのが 当たり前なのだろうな。

    それじゃ、インフラの仕組みって成り立たないじゃん。

    だからこそ、より本来の公共料金が値上がりしちゃうんじゃないのかしら。

    目の前の自分の利益しか見ないと、

    国庫とか、あるいは環境とか、いずれは地球規模で

    自分に マイナスが バ~ンと 返って来るんだぞ~~~。

    払わないのが悪いか、払えないほどの額にするのが悪いか、鶏と卵だけど

    このまま ほっとくのは、どう考えても国のためにならない。


    一方で、クバルチーラ(アパート)では 3月から さっさとガス切られてるお宅もあるみたい。

    お金払うから暖かくして~、という向きもあるだろう。

    自分でガス栓の調節させてもらえる自由があるのは、ありがたいこと。
    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して5年
    経ちますので
    情報はどんどん
    劣化していきます。
    コメントやご質問へは
    記事コメント欄でのみ
    ゆっくり お返事しています。
    個別にメールを差し上げる
    ことは ありません。 また
    緊急のご質問には
    対応できません。
    ご了承下さい。

    いらっしゃいませ
    リンク
    検索フォーム
    カテゴリ
    カレンダー
    02 | 2012/03 | 04
    - - - - 1 2 3
    4 5 6 7 8 9 10
    11 12 13 14 15 16 17
    18 19 20 21 22 23 24
    25 26 27 28 29 30 31
    月別アーカイブ
    最新記事
    最新コメント