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    高麗人のその後

    日本にいる韓国語の先生から、

    韓国での 高麗人の存在について

    興味深い話を教えてもらった。


    先生によれば、

    強制移住させられた高麗人たちは

    戦後のソ連時代には、意外にも 割と優遇されていたと言う。

    (高麗人だけの大コルホーズがいくつもあったので

    五国共和的な考えというか、連邦共和国の移住の成功例、ということだったのかなぁ)

    ところが、ソ連が崩壊して

    彼らの存在が宙ぶらりんになってしまった。


    国境線の中にいるから ウズベク国民には違いないけれど

    民俗的には корейカレイ=KOREAN であることを自覚しており

    文化的・言語的には、ソ連人であって、

    全くウズベク色のない集団だったのであるから、

    「脱ソ連」を掲げたウズには

    特段 保護優遇に値しなかったのだろう。


    そして気がつけば、

    もはやロシア人でも、そしてウズベク人でもない

    無国籍状態の人が数多く生まれてしまったのだった。

    そんな、日本の在日問題にもシンクロするような状態が十数年続き、

    生活が窮乏する高麗人が各地で増大した。

    その実情は、それまであまり知られていなかったが、

    やがて韓国国内から同朋支援の声が高まって

    数年前から、韓国政府が予算を作り

    ウズ政府に働きかけて、国籍の回復や

    韓国企業の進出、韓国への出稼ぎ受け入れ など行われるようになったのだと言う。

    もちろんこれはウズだけの話ではなく、旧ソ連国に共通することである。


    実際には、韓国に就労VISAで入ったまま 行方をくらましてしまうとか

    集団就職の口を斡旋するブローカーがのさばったりと、

    問題も多数発生して

    韓国への出稼ぎ受け入れは減少傾向にあるものの、

    日本と比べ、韓国のウズへの国際協力は 力の入れ具合が 格段に違う。


    私がここで知っている高麗人は、10人。

    そのうち9人が 韓国語を話せるか、もしくは学んでいる。

    高麗人地区
    ↑タシケントにある昔からの高麗人地区。

    塀の中は 豚 飼育農場。

    画面奥に見える食堂では犬肉が出ると言う話。

    高麗人地区2
    同じような平屋の家が続く。

    最近では、タジク人やウズベク人も住むようになり

    モスリムの高麗人も少なくない。

    町のモスクは とても素朴。
    町のモスク
    町のモスクの集会所
    葬式棺
    ↑葬式は、男たちがこれで担いで歩く。
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    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して5年
    経ちますので
    情報はどんどん
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