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    山は白銀①カザフ編

    スキー旅行に出かけた。

    行先は、隣国カザフスタンのアルマトィ。

    タシケントから飛行機で1時間半、時差は1時間。

    週末スキー旅行にぴったりの近さで、

    しかもシンブラク(チンブラク)はヨーロッパを思わせる ステキなスキー場である。


    というわけで、二度目の真冬のアルマトィ。

    快晴である。

    前回ゴンドラで登った所から、さらにゴンドラをふたつ乗り継ぐと

    3180mの頂きに着く。

    右手には ↓青く凍る氷河、
    チンブラク
    左手には ↑遠く ハン・テングリ(天山山脈第2位、カザフ最高峰)を望む。

    絶景の中 滑りはじめると、人のいないことといったら!
    チンブラクスキー
    少ない客の中でも ボーダー率はとても低く、まさに スキー天国。

    眼下にはアルマトィの街がひろがり、とても気持ちが良い。
    チンブラクからアルマティ

    ゲレンデのカフェやレストランは、どれも とってもシャレオツ。
    チンブラク カフェ
    ホットチョコレートや、グリューワイン、アイリッシュコーヒーなどで

    身体を温め、ゆったりするも良し。

    本格的に食事するなら

    ゴンドラ左手の2階にあるレストランは

    ラムチョップのステーキがとっても美味しい。


    スキーレンタルは 1日5,000テンゲ(3380円)。

    ロッカー代500テンゲ(340円)、デポジット2000テンゲ。

    ウェア、小物のレンタル・販売はなく、事前に用意する必要がある。

    転ばない自信があれば、

    手持ちの フリース、ダウン、ヒートテック、暖パンとカイロで乗り切れる。

    山頂は氷点下10度前後なので 帽子、フェイスカバーは必須。

    レンタル受け付けは、 休日は9:00~ 平日は10:00~。


    ゴンドラ券は、平日4時間有効4500テンゲ(3050円)。

    休日 4時間有効6000テンゲ(4100円) 1日券7000テンゲ(4750円)。

    いずれも初回のみ 電子ゴンドラ券の発行手数料が さらに1500テンゲ(1020円)かかる。


    ご覧のとおり、結構優雅なスポーツなので、

    ヨーロッパまではスキーに行けない ロシアの小金持ちが

    よく滑りに来るらしい。

    そのロシアの休みも明けた 1月2週目以降の平日はガラガラで 狙い目。

    メデウ(スケートリンク)までならマルシュルートカやバスも出ているが、

    ハイシーズンは ゴンドラ乗り場が混雑するので、

    タクシーでゲレンデまで行ってしまう方が 時間の節約になるとのこと。


    私も小金持ちだったら、毎週末行きたいくらい。

    でも筋肉痛はハンパない。

    私の職場は4階。

    いつもは乗らない 止まりそうな恐ろしいエレベーターだが、

    スキー翌日は さすがに乗らざるをえなかった。
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    カザフスタン⑦ アルマトィで食べられるもの

    シムケントで食べたのは、美味しくはあったが

    ウズベクとほとんど同じのサモサと、ウズベク料理。

    アルマトィでは どうだろうか。


    オロナミンCか デカビタか、という健康飲料が流行っている様子のカザフ。
    元気ハツラツゥ~

    街ではやはり サモサが人気のようだ。
    サモサ
    羊、鶏、チーズ味は 100テンゲ(60円)というのもウズベクと似ているが

    ウイグル風 120テンゲ というのが ウズベクには無い要素。

    ウイグルサモサって、何がどう違うのだろう。


    有名なカザフ料理屋 ジェルイィクは高級店。
    ジェルウィク 外

    店内は、岩絵や草原の暮らしをモチーフにしていて カワイイ。
    ジェルウィク5
    ジェルウィク

    テーブルウェアのストイックな表情も カワイイ。
    ジェルウィク2
    ちなみに 奥に見えているのが 昨日のゆるキャラの元ネタ ボルサック(揚げパン)。

    マンティや
    ジェルウィク3

    ラムチョップは
    ジェルウィク4

    ウズベクにもあるが、

    これこそは カザフ料理「ベシュバルマック」。
    ジェルウィク ベシュバルマック
    5本指 という意味で、つまり 手づかみで 食べる料理だ。

    キルギスにもあるが、キルギスよりも麺がビロビロしている。

    羊一頭をまるまる煮込んだスープに、お切り込みよりも太くて薄い麺、

    トッピングに 羊の茹で肉と 馬のソーセージ(カズィ)という料理だ。

    キルギスよりも、ウズベクよりも、食べやすくて美味しかった。


    コクトベやメデウに行きやすい カザフスタン・ホテルのテナントには
    カザフスタンホテル
    カザフスタンホテル 客室
    外国人に人気の店が入っている。

    1階は Noodles という おしゃれなカフェレストラン。

    2階は Guns&Roses という クラブだ。

    Noodlesは、シノワズリなインテリアに
    noodles.jpg
    noodles2.jpg

    無国籍フュージョン料理が 選べる テンションあがる店だ。

    noodles3.jpg
    ↑は 懐かしくて つい頼んでしまった トムヤムクン。

    海老がプリプリだったが 若干 お腹を壊した。

    あまりにインテリアが気に入ったので、お茶しに再度 寄ったりもした。
    noodles 4


    地球の歩き方にも載っている イタリアン ママミーヤも 超人気店だった。

    夕食の時間帯に お茶だけ頼んだにもかかわらず

    いやな顔一つしない。

    店は超満員で、美味しそうな匂いで 満ち満ちている。

    メニューの写真も ものすごく魅力的だ。

    こんなに 地元っ子で活気のある外国料理屋は、ウズベクには無いだろう。


    しかし、日本から行くならともかく、

    ウズベクから訪れた我々が 最もテンションが上がったのは、

    日本料理 かぶと

    日本人シェフが 先週帰国してしまった、というバッドタイミングだったが

    店内は日本人だけでなく カザフ人で ものすごく賑わっている。

    キッチンは カザフ人だけれど

    ホールは 美しい日本人親子が仕切っていて、

    しっかり日本の味を保っていた。

    本当に、日本の 気の置けない居酒屋に

    タイムスリップしてしまったかのような感覚で、

    べらぼうに高いということもなく 魚介や しゃぶしゃぶなどを 味わった。

    中でも 本当に1年半ぶりに飲んだ 焼酎のお湯割りは 心の底から懐かしかった。

    年末には、日本のBSに この親子の奮闘ぶりが紹介されたらしく、

    元JICA隊員の かぶと を 紹介したブログ記事には

    なんと これまでの50倍のアクセスがあったという。

    間違いなく 中央アジアの日本人の胃袋を キャッチしているお店だ。


    ビザを取らなければならないのは ちょっと面倒だが、

    5日以内なら レギストラーツィアも不要だし、

    気軽に来られて 印象が良い国だった。

    週末スキーをしに来る、という おバカンスも 夢ではない。


    韓国料理店・韓国食材店もあるし、日本の企業が経営する日本雑貨店もあるらしい。

    物価は高いが、アルマトィで暮らすのに 不便は さほど ないのではないか。

    ただ仕事のしづらさは、ウズベクとも共通する悩みの様で、

    日本なら2ヶ月で出来る倉庫の建設が 半年過ぎても出来上がらない、とか

    設計図通りに施工されない、といった いい加減な働きっぷりに加え、

    中国経由でモノを動かすため、中国からの邪魔が入る、という

    もどかしさもあるそうだ。

    カザフスタン⑥ アルマトィ ショッピング

    ステキな街並みを誇る カザフスタンは

    残念ながら お土産ものが 未発達だ。

    いや、日本から来れば、魅力的なお土産はいくらも見つかるだろう。

    そもそも国旗のデザインが カワイイのだし。
    世界の国旗 カザフスタン 国旗 手旗サイズ [ 50×75cm 高級テトロン製 ]

    しかし 中央アジアから来ると、

    カザフのお土産には どうにもカワイイ☆オリジナリティが乏しいのだ。


    例えば、草原の民らしい フェルトの帽子・小物・ぬいぐるみ は

    キルギスからの輸入品。

    バラマキ土産に最適なポーチは ウズベクの刺し子スムバッグ。

    焼き物も、刺繍も、布製品も、木工品も、ウズベク製。

    または、ロシアの マトリョーシカや グジェリ焼きや ホフロマ塗りを

    売っている。


    カザフ・オリジナルのものは、

    ご当地マグネット

    黄金人間のレプリカ

    アスタナタワーのレプリカ

    子羊の前足と革・半貴石・銀を組み合わせた デコラティブなムチ

    革と金属で作った盾

    ファーを多用した民族衣装

    くらいしかなく、どれも カワイイ☆という評価からは 程遠い。

    ごついし かさばるし、意外と値の張るものものばかりだ。


    外国人が どんなものを お土産に買って帰りたいか、

    そのマーケティングが できていない。

    ウズベクでも感じているマーケティング不足。

    しかし、カザフにとっては ウズベクは 絶好のお土産ファクトリーなのだ。

    視点が甘い。
    土産物
    ↑ 空港の土産物屋の品ぞろえ。ウズで見たものか ダサいものしかない。

    頑張りを感じたのは、渦巻にしてスライスした革で
    お土産ブレス
    デザインした ブレスレット。

    カワイイ まで もう一息だ。好きな人は いると思う。


    私が 中央バザールの ベタな土産物屋で買ったものは

    民俗楽器の シャンクムスー。
    ホムス
    モンゴルでは ホムス と言われている 草原の民の楽器だ。

    楽器がオス、ケースがメスで 1セットになっている国が多い。

    栓抜きの様な部分を口にくわえ、飛び出た針金をはじいて

    宇宙的な音を出すのだが、やってみるととても難しくてハマる。


    続いて、ちょっと変わったものが見つからないか、と

    アルマトィの人たちが 実際にショッピングをする場所に行ってみた。


    まずは、中央バザールの隣にある、老舗のショッピングモール。

    1階は、スマホを中心に携帯やパソコンなどの家電と 若者向け雑貨。

    2~3階は お土産物屋と 衣料品が入り混じり。

    4階は、毛皮・ファーと ウェディングドレスが中心の オーダーメイドゾーン。


    1階で見つけたのは コチラ。
    土産物 フラスク

    君、何故これしか(酒を)買ってこなかった? と ソ連兵に詰問される フラスク。

    多分「君、なぜ軍に入らない?」あるいは「何故そこまで飲む?」 的な

    有名な元ネタのポスターがあるのだろう。


    階段の踊り場には キッチュな光景。
    モールのマネキン

    やる気のない 帽子とサングラス屋のマネキンだった。


    2階では、意外なお店が見つかった。

    アーミーショップだ。
    アーミーショップ

    公式の制服や階級章、肩章、腕章、ボタン、ナップザック、

    アーミーカラーの糸の裁縫セットなど、本物の軍人さんが買いに来る、

    本物のお店。でも というか、なのに というか、誰でも買えるのだと言う。

    あこがれの(?)巨大な 北朝鮮風軍帽も 少将でも大将でも
    アーミーショップで
    お好みの階級章付きで 買うことができてしまう。良いのだろうか。

    日本に こんな警察・自衛隊ショップがあったなら 大問題だ。


    4階では 毛皮の帽子かスヌードやコートが 安く買えないかと期待したが

    カザフでも毛皮は高級品だった…。

    街では みんな ウズベク以上に 毛皮やファーを着ているのに…

    みんな どうしているんだろう。


    先進国では、NO毛皮運動が盛んだ。

    しかし、本当に寒い国に住んでごらんなさい、毛皮は必要だ。

    しかも ここでは自分でさばく人もいるほど、

    肉を食べ その皮をまとうことは 密接で 身近なことだ。

    そんな国で NO毛皮 と言われて 意味が分かる人がいるだろうか。

    人は 獣を食べるから、寒いから、毛皮をまとう。当たり前の仕組みだ。

    逆に言えば、日本の都市部で暮らしていたら、毛皮はいらない。

    そこまで寒くもないし、皮つきの肉を扱うこともないのだから。

    でも今 日本には 中国産ラパン小物がいっぱいだ。

    ファッションって 難しい問題をはらんでいる。


    今度は、最新の人気モール MEGAへ。
    メガ

    GAP、ZARA、MANGO等のファストファッションから

    TOMMY HILFIGARや Addidas、L'Occitaneなどなど、

    しばらく味わっていなかった ウィンドウショッピングが 楽しめる。

    ただ、セールが無いので 買いたいものはひとつもない。

    他にも 31アイス、シナボン、バーガーキング等 懐かし目のフードコート、

    映画館、ゲームセンター、フリークライミング、

    家電量販店に 大型スーパーなどが詰まった メガモールだ。

    どこも カザフ人が、ここで本当に買うの?と 疑いたくなる価格だが

    お客さんは いっぱいだ。


    私は懐かしさのあまり 日本から撤退したシナボンで シナモンロールを買った。

    しかも ダメもとで言ってみたら、なんと2割も負けてくれた。

    そして スーパーで 食料品のお土産を ごっそりと買った。

    カザフは チョコ生産に 力を入れているので、

    お土産にも 良くもらう。

    他にも、ウズベクにはあまり種類が無い 生ハムや ウォッシュ系チーズ、

    カザフビールや コニャックを選んだ。
    カザフコニャック


    一番 驚いたのは、ここのトイレ。

    洗面台の鏡に、広告の動画が 絶えず流れる。
    メガのトイレ

    これってナイスアイディア。絶対 見るところだもの、鏡の中って。

    日本にも もう あるのかしらん。


    最後に、
    ボルサック
    …これ、なんでしょう。

    カザフの国旗カラーのぬいぐるみで

    サイズも大小いろいろ。

    かなり気になる顔の彼は、ボルサック君という。

    カザフの主食の一つ、ボルサック(揚げパン)をキャラクター化したもの。

    いわばカザフの ゆるキャラだ。

    独特のセンス、オリジナリティは あったんだね…。


    アルマトィ空港の免税店で買える 激安カザフワインの中で 一番いいヤツ。
    カザフワイン
    イシクの クセのある リースリング。

    キンキンに冷やしていただけば、悪くなかった。

    少しぬるくなると すぐだれるので、クーラー必須でどうぞ。

    カザフスタン⑤ くっきりアルマトィ

    翌日は うってかわって 快晴。

    アルマティ

    カザフスタン・ホテルの すぐ目の前は、

    バス停の他、マルシュルートカや タクシーの ターミナルにもなっている。

    タクシーでもマルシュルートカでも

    一人当たりの料金が一緒 という不思議な料金体系なので、

    タクシーで メデウまで 30分ほどの登り坂を行くことにした。


    メデウとは スケートリンクの名前。
    メデウ

    老いも若きも 楽しげに滑っているが、

    中には↓のような ガイドバーを頼りに滑る人もいる。
    メデウ1

    もう筋肉痛が怖いお年頃なので、今回はスケートは遠慮して

    すぐ近くから出ている ゴンドラ に乗って、

    シュンブラク・スキーリゾートへ向かう。

    チンブラクへ
    思いのほか 近代的なゴンドラで 2500テンゲ(1300円)。

    ダーチャ(別荘)が建ち並ぶ

    ステキな雪山の風景の中を 登っていると、

    ここは シャモニーと言っても

    誰も疑わないのでは、という気になってくる。


    頂上は-8℃。

    予想以上に整備されたスキー場だった。
    チンブラク ゲレンデ

    スキー場としてのオープンは 12月からなので、

    ここより先へのリフトは動いていなかったが、

    自力で登って滑るボーダーも チラホラ。

    チンブラク2

    でも大半は、ソリ遊びや 雪山を見に来ただけで ウフウフしている 呑気な人たちだ。

    チンブラク ゲレンデ2チンブラク
    何しろサラサラ過ぎて、雪玉が作れないほど。

    足が ずぶずぶと埋まり、下手な転び方をしたら アキレス腱を切りそうだ。

    雪遊びは早々に切り上げ、ステキなカフェで サンドイッチのランチ。

    日差しが暑いほどで、氷点下とは まるで思えない。
    チンブラク カフェ

    ここでは、ロシア語、英語、韓国語、中国語が聞こえてくる。

    多分 アルマトィ中の ハイソな人たちが集まっているのだろう。

    ゴンドラ代 2500テンゲというのは、カザフ人にしたら 相当お高いのだから。


    カフェテラスの地下は 美しいトイレと スキーレンタル施設になっている。

    来週のオープンに向け、スキーを立てかける台などの設置準備が進められていた。
    チンブラク ブーツ
    ↑ 出番を待つ レンタルブーツたち。

    タシケントの チムガン・スキー場とは レベルが違いすぎる。

    とても気持ちのいい空間だった。


    アルマトィには 他にも観光スポットがある。

    日本から訪れるならば、博物館や美術館も良いだろう。

    でもタシケントから来た私達からすると、

    中央アジアの歴史や美術は 今の国境で引かれた国別に見ても そう大差ない。

    タシケントと何がどう違うかな~、くらいの見方で充分だ。

    そんな訳で 市内観光には ほとんど時間を割かなかった。


    タシケントと違うのは、ロシア正教会のデザイン。

    1904年建立のゼンコフ教会は、黄色をベースにしたパステルカラー。
    ゼンコフ正教会表

    おとぎ話に出てくるような姿は、めちゃくちゃカワイイ。

    ゼンコフ正教会

    でも中はとても荘厳で、時間が合えば 夕方のミサに立ち会える。

    帽子の着用は禁止、ということになっているが、皆寒いので

    毛皮や毛糸の帽子をかぶったままの信者さんも たくさんいた。

    やはり女性は、スカーフを巻いた方が 目立ちにくい。


    すぐ近くには、民族楽器博物館がある。

    残念ながら 訪れた時は 改築中。

    渋い建物だったのが、真新しくニスくさい若造になってしまった。
    民族楽器博

    入口には、鉄琴の様な楽器 クムスー のオブジェがある。
    民族楽器博 クムスー

    カザフの音楽や楽器は、草原の民のものなので

    モンゴルのものを想像してもらうといいと思う。

    あの独特の歌唱法 ホーミー も カザフや ウズベク、バシキールなど

    旧ソ連圏にも 共通している。

    テントである ユルタも、モンゴルのゲルやパオと同じだし、

    魔除けの 唐草のような 渦巻の様な 模様も、各国よく似ている。


    タシケントにない 宇宙的なデザインのモスクもあった。

    モスク・ザ・コスモ

    そしてこちらも、タシケントでは見ない 公衆電話。
    公衆電話

    アルマトィでは かなりたくさん見ることができる。

    カザフスタン④どんよりアルマトィ

    翌日は エア・アスタナに乗って

    旧首都、アルマトィへ飛んだ。


    エア・アスタナのしおりには日本語も書かれている。
    エアアスタナ

    国内線だと言うのに、機内食が出た。
    エアアスタナ 機内食
    パサついてはいるものの、具はなかなかのクオリティ。

    そして窓からの眺めは素晴らしかった。
    エアアスタナ 景色


    空港から市内へはタクシーで30分ほど。

    11月だと言うのに 街は雪が凍りつき、真冬のタシケントを思わせた。
    アルマティの掃除夫

    街並みは、シムケントより数段 都会である。
    アルマティのバス

    アルマトィは1998年まで カザフの首都だった。

    そのまま南下すればキルギスのイシク・クル湖あたりに出られそうな

    カザフの南端東寄りに位置している。


    ここには活断層があって、大地震が起こるという予測が出されたらしく

    首都機能を保護するために安全なところへ遷都する、というのが

    表向きの理由のひとつらしいが、

    実は大統領夫人の故郷を首都にしたかったから、という噂もあるとか。


    そのくらい現首都のアスタナは、首都に向かない立地なのだ。

    地下資源が豊富で、ロシアや中国にも近いカザフには

    ヨーロッパだけでなく、

    いまや 日本や中国からも 投資や企業進出の熱き視線が注がれている。

    しかしアスタナは、ものすごく寒くて冬が長く、雪に閉ざされてしまう。

    なんと「冬の気候が厳しい首都」世界第一位タイ(ウランバートルと)なのだ。

    せっかく家族でカザフに赴任しても、任地がアスタナの場合

    家族はアルマトィ、お父さんだけアスタナに単身赴任 という例もかなり多いと聞く。


    そんなわけで、アルマトィには いまだに内外の大企業や領事館などが多く残っており

    暮らしやすい都会、としての機能は 首都を上回っていると言えるかも知れない。

    だって、地下鉄も できちゃったのだから。
    メトロが

    中央アジア唯一の地下鉄、という肩書を持っていたタシケントは

    もう誇れるものが無い。

    アルマティ 都市2
    アルマティ 都市

    こういう現代的な街並みと ソ連的な街並みが 共存している。

    モザイク


    カザフスタンホテルからすぐのところには、コクトベという山があり

    ケーブルカーで登ることができる。

    シーズン中は、かなり恐ろしげな コースターや
    コクトベのコースター

    ロッククライミング的な 命知らずのアトラクションも用意されている。
    コクトベ クライミング

    さらに、この寒いのに 頂上にはミニ動物園があり、

    枯れ葉でいいから くれ! と ねだる羊や
    コクトベの羊

    中央アジア、中国、日本原産の鳥などが飼われている。

    このひときわ派手な子は 中国原産の金雉だった。
    コクトベの金雉

    アルマトィは その昔 アルマ‐アタと言った。

    りんごのパパ という意味で、りんごの名産地だった。

    だからコクトベの上には りんごの噴水があり、

    多分 りんご つながり だと思うのだが ビートルズの像まである。
    コクトベアルマ

    天気がどんよりしているせいもあるが、夕方のアルマトィは

    排気とスモッグで 街の空気がよどんでいるのが モロ見えだった。
    アルマティ スモッグ

    明日は 奥に見えている山に登る。

    カザフスタン③ シムケントでのご馳走

    昼 ホテルのお姉さんに、この辺で美味しいとこって言ったらどこ?と

    尋ねると、コクサロイ という店を紹介してくれた。

    タクシーのドライバーも もちろん知っていた。

    シムケントに帰って来たのは 夜の10時を回っていたが、

    そのコクサロイは まだ営業していると言うので

    連れて行ってもらうことにした。


    ウズベク語で コクサロイと言えば、青の宮殿。

    サマルカンドみたいな名前だね、と言いながら

    店に入ると、見慣れたパフタ模様の食器が並んでいる。

    あれ、カザフにもこのお皿あるの?と思いながら見まわすと、

    一面サマルカンドの壁画が描かれている。

    メニューを開けば

    プロフ・タシケント風 プロフ・アンディジャン風…

    -カザフ料理は無いの?

    -えぇ、だって うちは ウズベク料理屋だもの。

    がびぃぃぃぃん!

    というわけで、真夜中ながら タシケント・プロフと鶏のシャシリクを頂くことにした。
    コクサロイのプロフ
    コクサロイのシャシリク

    シムケントで旨いものは ウズベク料理ということなのだろうか。

    思い返せば トルクメニスタンでもそうだった。

    おそらく中央アジアでは、食はウズベクにあり

    ということになっているのだと思う。

    実際は 中央アジアの料理は どこも似たり寄ったりで、

    大きな違いは無いのだけれど、

    でもやはりプロフだけは、どこで食べるより

    ウズベクのプロフが美味しい と断言できる。


    後日アルマティの人に聞いた話では、

    バザールでも ウズベク産の野菜は「安くて美味しい」の代名詞で、

    タシケントから来たウズベク野菜にフルーツだよ~と言うのが

    売り文句なのだそうだ。

    確かに、ちょっと北に来ただけと思ったら

    雪はあるは 寒いは、タシケントとはだいぶ気候が違う。

    暖かいウズベクの地は、きっと憧れなのだ。

    ドイツ人が、アルプス一つ越えたイタリアを

    温暖なリゾート地、として憧れたように。


    だが、これは あくまで食べ物の話。

    国としての ウズベクの評判は最悪だ。

    以前キルギスの少女に聞いた時は ウズベクは大っ嫌い、と言われた。

    カザフでは、タクシードライバーに聞いてみた。

    あなた、ウズベクをどう思う?


    ドライバーは、何と言うか、ウズベクを哀れんだ。

    ウズベクは、自由が無いよね。

    あれもダメ、これもダメ、って言われるばっかりで、

    国のトップがちょっとクレイジーじゃない?

    彼が 黒 と言えば、白いものでも 黒くなっちゃうんでしょ。

    カザフは自由だよ。

    車だって良いのが走ってるでしょ。

    何でも買えるし、何でも言える国なんだ。


    たしかに、そうだ。

    アルマトィの 道端に路駐してあった車が 軒並みトヨタだったり
    トヨタ整列

    ドライバーの車も とても素敵な 新し目のジグリ(ロシア車)だった。

    ウズベクで ジグリと言ったら、独立前のソ連車で、

    フロントガラスが割れたような オンボロ クラシックカーしかいない。


    そしてカザフには、「サービス」があった。

    ウズベクにはまだ殆どないと言っていい「サービス」という概念が、

    客商売に行きわたっている。

    ホテルのフロントは、笑顔で聞かれたことに的確に答え、リクエストに迅速に対応する。

    タクシードライバーは、まず車内喫煙の可否を客に尋ね、

    ノーと言えば お客の前で 決してタバコを吸わない。

    時間に正確であろうとするし、できるだけたっぷり観光させようとするし、

    旅程を消化しきるまでが自分の仕事、というプロ意識を持っている。

    東京レベルのステキなカフェもたくさんあったし、

    店の人は 美味しいものを 一番美味しい状態で食べさせたい、と思っている。

    「サービス」がある国は 気持ちがいい。


    ウズベクから カザフにやって来たのは 今日のことなのに、

    それが とても信じられないほど 長~い一日がようやく終わろうとしていた。


    今月の功労者:子リスちゃん
    今月の功労者
    ピーナッツをたくさん集めたで賞。

    ソ連は、よく労働者を表彰したポスターを貼ったので、

    そのオマージュ広告。

    美味しいサモサ屋の 隣のミニマーケットにて発見。

    これもプロ意識、かな。

    カザフスタン② トルキスタンのロマン

    シムケントから オトゥラルまでは車で 約2時間の旅。

    工事中で、砂利道を 右に左にハンドルを切りながらの 悪路だ。
    トルキスタンへ

    雪は無いが、ひたすら 右も左も 何もない。

    ドライバーが言うには、この辺りの土は 塩分含有率がものすごく高いのだそうである。

    ほら、土が白っぽいだろ?これ塩なんだよ。

    それに、地下にはウランもいっぱい埋まってるから、

    とにかくカザフは不毛の地、木や植物が育たないのさ、と。


    そろそろ夕方、さっきのサモサも効いて おねむ、ねむ…という頃

    車は オトゥラルの博物館に着いた。

    ところが、いまここは修理中で 展示は別の美術館でやっていると言う。

    慌てて そちらを 訪れてみると、

    まず目に飛び込んできたのは

    私達にはおなじみの あの チンギス・ハンの肖像画だった。

    つまり、こいつが ここで破壊の限りを尽くしていった下手人だ!

    悪の権化だ!ということだ。

    韓国の釜山や晋州でも、秀吉の顔や、加藤清正の名前は 嫌というほど見た。

    広島や長崎にはトルーマンの写真、あるのかな…


    とにかく、モンゴル軍は、日本では 源実朝が鶴岡八幡宮で殺された1219年、

    はるかこんなところまでやってきて、

    生きているものは すべて殺していった、と伝えられている。

    カザフの後は もちろん ウズベクにもやってきて、

    そのままトルクメやアフガンイラン、東欧までも駆け抜けていった

    恐ろしいオオカミの群れ と言うよりも イナゴの大群であった。

    彼らの通った後には、何も残らなかった。


    近所のお兄ちゃんは、

    ちょっと聞かん坊だったり 乱暴だったり、運転マナーの悪い人を見ると

    あいつは チンギスハンだ、と評する。

    日本じゃ、彼をそんな風には 例えないだろう。

    直接 攻撃されたか されないか は、

    歴史的評価もイメージも、まるで違うものにするのだ。


    しかし、そもそも これほどまでの破壊と殺りくが始まったのは、

    1218年、当時のモンゴルとホレズム(現ウズベク)の国境の大都市だった

    オトゥラルを通った チンギスハンの通商使節団、つまり商人450人を

    オトゥラル総督が 敵情視察団とみなして惨殺・略奪したことに端を発している。

    チンギスハンの西方遠征は、この復讐からスタートしたのだ。

    オトゥラルを包囲すると同時に、別動隊にサマルカンドを襲わせ、

    ホレズムからの救援路を断った。

    完全に孤立したオトゥラルは陥落、

    総督は チンギスハンの目の前で、

    なんと 生きたまま 目に煮えたぎった銀を流し込まれた と言う。

    復讐はそれで終わらず、翌年には、ホレズムそのものが滅ぼされてしまった。


    なんとも恐ろしく、イヤな話。

    暴力の連鎖、復讐の連鎖、怨念の連鎖。

    では、いよいよ、その破壊の痕を見に行こうではないか。


    オトゥラル遺跡

    現在のオトゥラル遺跡は、1-18世紀にわたる歴史のうち

    13-16世紀のものを 主に見ることができる。

    モンゴル軍によって破壊された痕は 結構 下の方に眠ってるんだって。

    なんだ~。


    ↓は 13世紀後半から15世紀、モンゴル支配下で復興後の お風呂場の跡。
    オトュラル 風呂
    オトゥラルの貯水池から 地下水道管を通って 水が送られており、

    外観はタイルで飾られ、中は焼成煉瓦が敷き詰められた 10の部屋から なっていた。

    サウナや マッサージコーナーなどもあったというから、

    おそらく、ハマムを想像するんで良いかと思う。


    丘を越え やや下ると、今度は いよいよもって生活臭のする所へ出た。
    オトゥラル 遺跡
    これは11-12世紀の遺跡、つまりモンゴル来襲前の住居跡。

    それってつまり、モンゴル軍によって破壊された可能性もある場所ということ?

    тұрғын үйлер орамы は 長屋 とでも訳せばいいだろうか。

    未だ発掘中の現場である。
    オトゥラル 発掘4

    彩色のはっきりした陶器や、日常の土器など、お宝が ゴロゴロしていた。
    オトゥラル 発掘
    オトゥラル 発掘2オトゥラル 発掘3
    オトゥラル 発掘6オトゥラル 発掘5
    ほらほら、こんなにゴロゴロ。

    厚みや重さ、顔料や釉薬の色、柄など、

    いま私が習っているウズベクの伝統的な焼き物と ほとんど同じだ。

    感激!


    かわって 丘の上には、
    オトゥラル 夕景2

    14世紀―16世紀の モスクや宮殿の跡 が残っている。
    オトゥラル 夕景

    夕日に照らされて、遺跡全体が きれいなバラ色に染められた。
    オトゥラル 夕景3

    往時はきっと それは堅牢な要塞で、美しく陽に映えたに違いない。
    オトゥラル

    大きな大きな太陽が沈んでいく。
    オトゥラルの夕日

    ドライバーに、このオトゥラルについて カザフ人は学校で習うのか、聞いてみた。

    キルギスやトルクメンでは、シルクロード遺跡に関する教育が あまり盛んでなかったからだ。

    だが、このオトゥラルは 時代が新しいせいもあってか

    きちんと習ったよ、学校で来たこともある、と彼は答えた。

    そしてオトゥラルを後にしながら、アルスタン・バブ廟にも寄るかと尋ねた。

    もう暗いし、私達は コジャアフメッドヤサウィー廟に行きたかったので

    そこは通り過ぎるだけにしたが、

    ここは せめて写真撮っとけ、とドライバーが言うので
    白亜のモスク
    撮ってみた、白亜のきれいなモスク。

    トルコやトルクメンと同じ 細いミナレットだった。


    約1時間で トルキスタンの コジャアフメドヤサウィー廟に到着した。

    もう とっぷりと暮れている。

    だが、期待した通り ライトアップしていた。
    ホジャアフメッドヤサウィ

    ここは世界遺産で、とても美しく 大きな公園の様な造りだ。

    そぞろ歩きする人も多い。

    煉瓦だけの朴訥とした面は ここだけで、残る3辺は

    ↓のように、美しいタイルでデコレーションされている。
    ホジャアフメッドヤサウィ裏

    ゆっくりじっくり お散歩をして、近くのホテルでトイレを借り、

    シムケントまで帰るのには 2時間半を要した。

    …お腹、空いたんですけど。

    冬のカザフスタン① 国境を越える

    以前、タシケントからカザフスタンに抜ける 国境の話をした。

    いつか越えてやる、と。

    その いつか が来た。


    まずは VISA取得。

    在ウズベキスタン カザフスタン大使館は、オイベックの近くにある。

    鉄門扉の前には、警察官が立っていて

    一定人数しか 中に入れないように管理している。

    でも、5分と待たずに中に入れてもらえて、

    そこからは至極スムーズ。

    1週間後に取りに来てね、と言われて 全部で10分もかからなかった。


    タシケントでは まださほど寒くもなく、

    ユニクロのライトダウンジャケットくらいでウロついていた11月。

    ヨーロッパ対応のロングダウンコートをひっぱり出して、

    リス毛のメーテル帽をかぶって、

    ヒートテックに暖パンを着こんで、

    あのユヌスアバッドの先の国境まで出かけた。

    同行する女子は この旅のために KANISHKAで 毛皮のコートを買ったと言う。


    国境に着いたのは 朝の7時半すぎ。

    行列を覚悟していたが、意外にもスムーズに国境エリアまで入ることができた。

    朝早いのが 良かったのかもしれない。

    ウズ出国側のコントロールは 税関窓口が2つに

    パスポートコントロールが 3つくらいだったと思う。

    スタンプを押してもらうと、いったん外に出る。


    国境エリアは もちろん撮影禁止なので

    画像でお届け出来ないのが残念だが、

    ここに、国境線がビーッと引いてあるので

    そこを同行者全員 せーので ジャンプ。

    歩いて国境を超える、という 小さな憧れを達成。

    これで、飛行機・鉄道・船・バス・徒歩での国境越えを味わったことになる。

    あとは、自転車 とか、馬 とか…?あり得たとして レンタカーかな。


    国境線を越えたあたりで、まず機関銃を担いだカザフ兵から

    ウズ出国スタンプの確認を受ける。青空チェックだ。

    そして カザフ入国コントロールへ入る。

    こちらもパスポートコントロールは3つ。

    チェックは結構入念で、ここは割と待たされるが、そんなもの タシケントの空港の比ではない。

    窓口にはカメラが据え付けてあり、

    一定時間、あのカメラを見ろ、と言われる。

    ウズには無いシステムだ。

    ウズ側は 何となく 空港職員の延長みたいな雰囲気だったが、

    カザフ側は、ユニフォームに 階級章や線がいっぱい入っていて、

    完全に軍人 という雰囲気を醸し出している。

    だがとてもフレンドリーで、中国人か、へぇ日本人か、

    などと 待ち時間に話しかけてくる職員もいる。

    並んでいる人たちは、海外慣れしているのか

    マナーも良く、割りこみなど あり得ない感じだ。


    このコントロールを抜けると 税関コントロールなのだが、

    この手前で すでにタクシーの客引きが 手ぐすね引いていた。

    国境から、今日の宿 シムケントまでは 100キロはないが

    車で1時間ほどは かかる。

    しかも、宿の予約はとっていない。

    そして荷物を置いたらすぐに そこから60キロ先の遺跡観光に出かける予定だった。

    ここから 一日チャーターで交渉してしまえば

    グッと時間が短縮できる。

    そうは思ったが、客引きは 税関審査も そこそこに

    無理やり こちらの腕をとって出口に連れて行こうとする。

    ちょっと強引すぎる。こいつは却下だ。

    それでも 引かない彼は、

    こちらが出口の門の直前で 最後のパスポートチェックを受けている最中も

    私達のパスポートを覗き込んで 茶々を入れる始末。

    私達より先に、マシンガン持った国境兵が怒りだして

    その客引きと 凄まじい口論となった。

    お前出てけ、なんでここで商売してる、出てかないと撃つぞ、

    とまで 言ったかどうかは わからないが

    とにかく 最後は ものすごい剣幕で追い出してくれた。


    ウズベク人に言わせると、カザフ人は 荒い そうだが、

    その一端を 早くも垣間見てしまった気がした。


    国境エリアの外は、西部劇に出てくる荒れた街のような

    土埃舞う景色だった。
    国境1
    国境


    まずは両替だ。

    100ドルが 15000テンゲになった。

    大まかに言って、100テンゲ≒50~60円 と思えばいい。


    そしてシムケント行きのマルシュルートカに乗り込んだ。
    マルシュ
    一人400テンゲ。

    家から持ってきた朝食用の おにぎりが、まだ温かかった。

    タシケントから一番近い外国だが、すでに時差は1時間。

    車窓から飛び込んできたのは、なんと雪景色だった。
    マルシュの車窓から
    シムケントへ

    やはり外国なのだ。ロシアに近いのだ。寒いのだ。
    シムケントへ2


    国境を9:10に出発して、シムケントの旧バスターミナルに着いたのは10:50。

    あと100テンゲずつ出せば、

    オルダバスホテルの近くの 中央バザールまで行ってやる、というので

    そのまま マルシュで連れて行ってもらうことにした。
    シムケント

    ところが、オルダバスホテルは満室で断られてしまい、

    他の安宿を探すも見つからず、中央バザールを大荷物で つっきって、

    地球の歩き方には 4つ星高級ホテル と載っているドストィクを ビビりつつ訪ねた。
    ドストィク
    (人に聞くなら ロシア語の ドゥルジバ の方が通じるかもしれない。

     どちらも友情という意味。中国語なら 差し詰め 友誼飯店。)

    すると意外にも、シングルルームは9000テンゲ(朝食付き)で、

    なんと そこに 2人で泊まっても良い と言うのである。

    ただし、朝食代は一人分しか含まれないので、食べるなら別途800テンゲ払う。

    これは ありがたいシステムだ。
    ドストィク2
    と、思ったが この狭さだった… 超仲良しでないと キツイ。

    すぐに 観光タクシーを手配してもらったが、

    この時点ですでにお昼。

    あんたたち、かなりスタートが遅いわよ、というフロントのお姉ちゃんの視線を感じる。


    タクシーは すぐに来た。

    オトゥラルとトルキスタンを周って 25,000テンゲ(13,000円)だそうだ。

    まずは両替、そして腹ごしらえに、

    ちゃちゃっと食べられるカザフ料理に連れてって、と言うと

    ここのはすごく美味しいから!とサモサ屋に連れて行ってくれた。
    サモサ買うなら

    お客も多いので期待できそうだったが、

    焼き上がりまで10分以上待て、とのこと。

    店の人は 是非にと 焼きたてを 食べさせたがったけど、

    店先の 焼きあがったものをテイクアウトして車中で食べた。

    まだ充分に熱く、大きくて、本当に美味しかった。

    両替も、国境のレートより幾分良かったが、

    基本的には 10ドル≒1500テンゲ を 大きくは外れないようだ。


    では、いよいよトルキスタンの旅に出発だ。
    タクシードライバー

    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して3年
    経ちますので
    情報はどんどん
    劣化していきます。
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