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    懐かしさの向こう側

    私がウズベクに行く前は

    テレビでシルクロードなんていえば ほぼ敦煌あたりの特集だったが、

    ここ2年くらいで 世界を紹介する番組がやたらに増え、

    中央アジアにもずいぶんテレビカメラがやってきた。

    今季から、深夜からゴールデンに昇格した番組

    スゴーイデスネ!視察団には

    タシケント東洋学大学出身のウズベク人歌手

    アノーラちゃんが引き続き 準レギュラーくらいで出ている。

    なんと身近になったことだろう。


    特に今月は、トルクメニスタン・キルギス・ウズベクと立て続けに

    テレビで特集番組が組まれた。

    ウズベク編ではあちこちに知り合いがちょこちょこ映るので

    懐かしさもひとしお。

    ついこないだまで、私もそこにいたはずなのに。

    持ち帰ったハチミチやジャムを立てつづけに食べきってしまい

    焼きたての あのナンの香りが恋しくて仕方がない秋の空。

    心だけ勝手にトリップしていて なんだかブログは全く手につかず。


    見逃した方は、再放送をどうぞ。

    空白のシルクロード~ウズベキスタン世界遺産の旅~
    BS-TBS 11月23日 (日) 15:00~16:00 (再放送)


    トルクメニスタン篇で気づいた変化は、

    ・私が訪れた2011年には出来ていなかった娯楽施設が増えていたこと。

    ・情報統制していることを 認めたこと。

    ・日本からの観光客を取り込む姿勢を強め

    ユーラシア旅行社からはツアーもでていること。

    とにかく、以前よりオープンになり 地方福祉が是正されて

    豊かで発展し続けている国であることを強調していた。


    ちなみに そのトルクメツアー、

    全行程 ガイド・移動・食事・入場料・ビザ付きで 8日間では298,000円だが、

    なんと中央アジア4カ国周遊22日間だと 598,000円だそうである。

    どんな人が行くんだろう。

    そして バスツアーでは どこまで見ることができるのだろうか。


    トルクメンは個人の自由旅行が認められないことにはなっているが

    実際はトランジットビザを発給しているので

    トルクメを通り抜けるだけの旅行者が5日間はウロウロ出来るわけである。

    住んでいる日本人も増えたし、

    中央アジアやCISの雰囲気、ロシア語を多少でも知っていれば

    何食わぬ顔で ぷらっと歩けないことはない。

    私は3年前 アシュハバッドで 路線バスに乗った。

    タクシーにも乗った。

    白亜の大理石で建てられたエリア ベルセンギを一歩出れば

    タシケントと変わらない旧ソ連の古びた団地が並ぶ 穴ぼこだらけの道を歩いた。

    中央アジアのラスベガスを目指すと言っていた

    カスピ海沿岸のトルクメンバシュの市街地は

    まるで 函館あたりの漁師町のような

    板張りのうらぶれたおんぼろアパートが びっしり並んでいた。

    外国人と接してはいけないらしいのに、子供たちがハローハローと声をかけてきた。

    二面性があるな、と感じたトルクメニスタン。


    ああいう所に住んでいた人達は

    今どんな暮らしなのだろう。

    どんどん新しい真っ白な大理石のマンションに移ることができているとは思い難い。

    そういうところがどうなっているか、垣間見える様なツアーだといいなぁ。

    トルクメの動画

    トルクメニスタンの旅の巻 が 一部の方に好評だった。

    でも なかなか 行ける国じゃないので、

    もう少し気分を味わってみたいという方のために

    動画をアップしてみる。


    基本的には 記事で紹介した部分なので

    よほど興味のある方は ご覧くださいまし。


    衛兵交代

    メルブのらくだ

    カスピ海


    カオナシ結婚式

    地獄の門

    トルクメニスタン⑪ 宿と料理とデジャブ

    アシュハバッドでは、大きな会議が開かれているとかで、

    手ごろな ホテルが とれなかった。

    泊まったのはコチラ、ベルセンギにある アハール。

    アハール テケの アハールかな、と 馬好きの私は 気に入ったのだが
    アハールホテル
    床が こんなに 盛り上がっている ビックリ物件。

    これで$130って…ひどくないすか。

    トルクメンバシュを見習ってくれ。


    ホテルは朝食のみなので、(またこれが ちんけな朝食さ)

    食事は 外、なのだが 何しろ ベルセンギ。

    高級レストランしかない。

    一番近かったのが この 旧ABC 現ABM(CenterをMarkajiに直したらしい)。

    入った一瞬、セレモピアンな 斎場か と思っちゃった。

    遺影に見えたのは ナルシス大統領の写真。
    ABM.jpg
    ここは、しかも ウズベク料理屋で まずくはないけどさ~っていう

    ウズ風プロフと なかなかイケてる ラグメンと パッサパサのナンを 食べた。


    また別の日には、近くのホテルに入っている 中華へ。

    たまたま 結婚式をやっていて、なぜか 私たちも そこに混ざって 食事。
    結婚式
    ロシア系のカップルだったので、ドレスだし 誓いのチューとかもアリ。


    マーリでは さすがに トルクメ料理が食べられる、と思ったら

    レストランは トルコ料理が殆ど。
    トルクメ料理とは
    トルコのパンピザ ピデ と サチ・ケバブ。

    カフェで チャイを頼んでも、トルコ チャイが きた。
    チャイ

    思えば、中央アジア一大きいことで ウズベクにも名が轟く

    キプチャク・メチットだって、尖塔の細い トルコ風モスク。
    キプチャクモスク
    ここは、トルコが 本当に近いんだ。


    結局、市場で食べた ショルパ も

    ガイドさんが ランチで通う 地元食堂の ボルシチも、

    土日は ジモティーで賑わう 郊外レストランの シャシリクも

    あたりまえだけど ウズベクと似たようなもんで、

    トルクメらしいものと言ったら、あの チョウザメ だけだったかも。


    ガイドがいるし、移動は飛行機、アシュハバッドでもベルセンギの物価は異常だし、

    意外と ドルが 飛ぶようになくなった、トルクメンの旅だった。

    観光的には 面白いもの いっぱいあるな~と

    うらやましく思ったけど、

    食に関しては、ウズの方が まだまだイケてる。

    というか、外国に来た気がしなくて 飽きる、というべきか。

    トルクメニスタン⑩ トルクメ ファッション

    ふしぎワールド、トルクメニスタンだが、

    住んでいる人は いたって普通。

    でも 女子のファッションは 民族色が強い。


    例えば学生さんは、ウズと違って、がっつりナショナルな制服。

    学校帰り
    海辺の街では ハローハローと 取り囲まれた。

    首都では イベント帰りなのか、皆さんパリッとされてるの。
    学校帰り2

    左は 学校の制服(小~高校まで同じ)    右は 婦人警官
    制服図鑑
    トルクメンカは 絶対ロング、ロシア系は ミニもOKの様子。

    大人になると、好きな色を着ていい。
    女子服
    でも絶対 道路すれすれの ロング ワンピ。

    襟のあき や 襟飾り(チロリアンテープみたいなの)の柄・太さ、

    袖つけ

    素材・柄・色で個性を出す

    完全お手製の 民族衣装。

    結婚すると、髪を高くお団子に結い、スカーフで隠す。
    トルクメンカ達

    羽織るジャケットは 市販の洋服なので、

    おしゃれするにも 独特のセンスが必要だ。

    この方は 多分 かなりのお金持ちの奥さま。
    トルクメンカ
    スカーフとワンピを見事にコーディネートさせ、頭の結い方も シュッと すっきり カッコいい。


    この方、チョウザメを 10本も

    買い物袋から ニョキニョキ はみ出させながら 歩いていた。

    チョウザメは、かなり怖い顔をしている。

    異様な光景だったので、それは何ですか、と声をかけたら

    チョウザメよ、1本 あげましょうか(!)、というので

    どうやって料理するのか お願いして見せてもらったのだ。

    お客様があるので 大量買いしたらしい。

    すんごいマンションにお住まいで

    お金持ちだからか、ガイジンにもビビらない。

    でも、基本ガイジンとの接触禁止の国なので

    何かあると悪いから お宅は公開しないでおく。


    ちなみに料理法は…

    頭と しっぽは いち早く 落とす。

    背骨のごつごつに合わせて包丁を入れると

    すんなり切れるので ひたすら輪切り。

    その後 水洗いして、塩を よく まぶす。

    あとは、多めの油で 揚げ焼き。

    ふたは しない。

    カリカリに 焼けると 皮は剥がれるので そのままで良い。

    脂分の多い白身で、皮のカリカリは鮭のよう。

    結構 美味しかった。

    ちゃっかりご馳走になったの。

    トルクメニスタン⑨ アシュハバッドの買いもの

    地球の歩き方には、

    アシュハバッド最大の見どころは

    タルクーチカ・バザール と出ている。

    タバコからラクダまで、何でも売っている、

    という ウズで言う ヤンギアバッド・バザール みたいな

    面白なんでも市。だった、らしい。

    今では、ここは 少し離れた所に移されて

    キレイキレ~イに なってしまった。

    昔の様な カオスは もうない という。

    ソウルの風物市場みたいな感じ、かな。
    タルクーチカ・バザール
    車窓から眺めて、あ~、あんなんだったら いいやと 見なかった。


    いまだに、市民の買い物先としてポピュラーなのは、

    ロシア・バザールと
    ルースキーバザール

    ソウダ・センター。一番お安い メガ ショッピング モールなんだそう。
    お安うバザール

    私はここで、トルクメワインを いくつか買った。
    ウズワインとトルクメワイン
    左のウズ・ブハラワインと比べて 極端に細い ボトル。

    アイスワインのように 凝縮した甘みの とろとろ琥珀色だった。

    甘いワインは好きじゃないけど、ペロッと飲んでしまった。

    アシュハバッドは、中心地以外は 一面 ブドウ畑で ワインは名産なのだ。


    そして、タシケントの メガ・プラネット にあたるものが

    この インパシ。
    インパシ
    でもメガ・プラ の はるか上を行く すんばらしい モール。

    最上階には ボウリング場や 最新のゲーム機が並んでいて

    ダンスダンスレボリューションで おたおたしている様な ウズっ子じゃ

    仰天してしまう 高度文明が 広がっている。


    お土産なら、こんな親しみやすい露店も もちろんある。
    土産物婆

    以前あしぽかコレクションで紹介した 未脱脂羊毛の靴下や

    ラクダの編みぐるみ、ミサンガの様なブレスなど

    カワイイ手芸品 多し。

    私は、先述のロシア・バザールで

    トルクメンカ御用達スカーフと

    トルクメン名産 絨毯
    土産
    を模した マウスパッド を購入。

    今は チェブラーシカが 宴会をしている。
    シルクロードチェブ
    左奥のラクダも トルクメ産。

    トルクメニスタン⑧ ニサ

    アシュハバッドの地図でいうと

    ベルセンギの 目抜き通り アルチャビルを 西に ひたすら行って

    なんか標識が出たとこで Uターンして すぐを右折したら

    ひょいと ニサ遺跡 が現れる。
    ニサ全景
    街中から 20分も走ったか という距離だ。


    ニサは、かつて パルティア王国の 都 だった場所で

    紀元前3~3世紀の 遺跡(Old Nissa)と、

    11~12世紀の 遺跡(New Nissa)と に分かれている。

    世界遺産に登録され、

    当時のレンガの部分を残しながら 保護し、

    ユネスコの指導を受けて 観光化への整備をすすめている。


    王宮跡には、玉座 だったとされる場所があり、

    そこで 宮殿想像図 を見せられると ゾクッとするほど

    ここに 人が生きていた実感が わいてくる。
    ニサ 王宮

    埋もれたままの 彩色が残る 柱や
    ニサ 柱

    パルティア王の墓ではないか、と言われている部分。
    パルティア王墓か
    毎年スペインやイタリアからの調査団がやってくるという。


    土山に 穴を掘って 住んだ様な 遺跡ではなく

    ギリシャの影響を受けた 2階建ての テラス付きの

    それは立派な宮殿が ここには建っていた。
    ニサ王の間

    王は ここで ワインを飲み、

    ゾロアスターの火を拝み、

    プールで 泳いだ。

    この王宮は そのまま 城壁で囲まれた都市になっていて

    攻めて来られないよう 細い 入り組んだ 路地で 構成されている。


    何だかこの遺跡は、生温かい。

    人がいた気配が 濃厚に漂っている。

    イランとの国境になる紫色の山肌を見つめ 下界を見下ろし、

    2,300年も前から 文明を持つ人間が 暮らしていた、

    その地が 今も 国の首都だという。

    なんか すご~い、と ぼんやり いつまでも いつまでも

    風に吹かれていた。



    ここで 発掘された品々は 世界最大級の国旗 でおなじみの

    国立博物館で 見ることができる。

    ニサ帰りの その足で 向かえば、感激も ひとしおだ。

    メルブの遺跡や 地震前の姿をとどめた 昔の写真も たくさんあって

    いかに 素晴らしい遺跡 を持った国か 分かる。

    博物館は、3つに分かれていて

    チケットもそれぞれ購入しなければならないが、

    ニサや メルブのものを見たいなら 歴史博物館 を選ぶ。

    これだけで見応え充分。

    それ以外は、民族衣装や 伝統工芸など のようなので

    ウズから来た私たちは、ま、いいかな、と。

    トルクメニスタン⑦ ダルバザ

    今日は、アシュハバッド近郊の 地獄ツアー。

    本当は一泊するのが普通らしいけど、

    今回は、同行者の都合で 無理やり日帰りにしてもらった。


    14時ごろ、中心部の ロシアバザールで ビール を買いこんだら 出発。

    ちょっと走ったら、すぐ 砂漠が 始まる。
    砂漠
    ユルタに住んでる人もいる。

    何して食べてるんだろう…


    やがて、らくだ注意 の 標識が。まさか…
    らくだ注意
    と思ったら、ほんとに出てくんだもの、のそっと。


    強烈な西日を 真横から受けながら

    とにかく ひたすら 一本道を 走りぬける。

    と、突然 車が止まった。

    観光スポット 兼 トイレ休憩 だと言う。

    見るべきもの、とは、コレ。
    鶏の歯
    そこらじゅうに ゴロゴロ。

    鳥の歯 と呼ばれている。

    が、これが何だか、まだ分かっていないんだとか。

    蟻酸の結晶だとか、色々 言われているらしい。

    塩の結晶っぽかったけれど、なめても 塩味は 全くしなかった。

    トカゲにも遭遇。
    トカゲ」
    保護色とは まさにこのこと!

    こんなとこで トイレ休憩といわれても、

    トカゲがどこで見てるか知れないじゃない。


    またしばらく走ったのち、

    車を乗り換えて いよいよ 砂漠に入った。

    ぐわんぐわん、何かの アトラクションみたいに 揺れる。

    その先に待っていた光景とは!

    ダルバザ1

    ぽっかり空いた ガス クレーター。

    Derweze ダルバザ、人呼んで 地獄の門!


    ここは 天然ガスを採掘していたところ

    途中で 大量の ガスが 漏れ出てしまい

    どうにもできないので 火をつけっぱなしで放置、という

    驚くべき 観光スポット なのだ。


    ここに着くまでに、実は 二つ 似たようなクレーターを通る。

    ひとつは 採掘中 水が出てしまった ウォータークレーター。

    そしてもう一つは 水が出たうえにガスも出て ボコボコ言っている 泥クレーター。

    まさに 地獄。

    当然 環境問題的にも 倫理的にも

    こういう場所が ほったらかしで 存在しつづけることは 国の恥部。

    ガイドブックにも載せないし

    昨年の ふしぎ発見!クルー にも取材許可を出さなかったらしい。

    (放送では ばっちり 最後に ひとコマ 流してたけど)

    でも、これはどうしたって面白い場所なので、

    もちろん旅行会社は ガンガン シークレット ツアーを組むわけ。

    しかも、お値段は結構すごくて、

    6人でミニバンを1台チャーターして $133/人。


    まぁ、でも、それで見られる景色は

    もう一生どこいったって見られないと思うようなものだった。
    ダルバザの夕焼け


    だんだん日が暮れて…
    ダルバザ観測
    とうとう とっぷり暮れた。

    穴の中は、こんな感じ。
    ダルバザ地獄
    夜は 地獄度アップ!


    ものすごく ごうごう言っているので

    思いついて 紙飛行機を とばしてみた。

    すると、穴の縁では吸い込まれるように 落ちて行った 飛行機が

    穴の ど真ん中まで来ると 上昇気流に乗って ふわふわと舞い上がり、

    かなり長い時間 ゆ~らゆ~らと 飛び続け

    なんと、また穴の外の 私たちのもとへ 戻ってきた。

    生きた理科の実験!

    これは子供に見せるべきだよ、トルクメさん。


    そんな中、ガイドさんとドライバーさんは

    せっせと バーベキューの準備。
    ダルバザの飯
    羊のシャシリク トマトのシャシリク ナン チャイ メロン

    そして 持参した ビール

    ものすごい ご馳走だ。

    これを、こんな真っ暗な でも満天の星空のもと
    ダルバザの星空
    誰もいない砂漠に 絨毯を 敷いただけの 無防備な状態で

    食べることの 自由さと ちょっとした 心細さ。

    カレーを 手で食べた時の気持ちと、少し似ている。

    うんと美味しかったけど、

    仮に サソリとか 来たって 見えないし、

    本来のツアーなら、ここに 一晩 寝るのかと思うと、

    いやぁ、自然は やっぱ 怖いなぁ と思っちゃう。

    そんなことを考えながら、絨毯にゴロンと寝ころんで

    星を見上げて、ちょっとだけ キャラバンの旅人気分。

    絨毯て、こういうためにあるんだね。

    こういう国で 生まれるべくして 生まれたものだ。ゴロゴロ。

    車内で陽にあたったし、今日は ビールが きくなぁ…

    と思ったら、さ 帰るよ、と非情な声。

    え~、もうちょっと~!とゴネてみたけど、

    もう帰らないと、日付が変わる前にアシュハバッドに戻れないよ、

    といわれると ぐうの音も出ない。

    後ろ髪引かれる思いで、ダルバザの 地獄の門を 後にした。


    この翌日、一人が倒れ

    その翌日、私にもやってきた。中央アジア初の ピ-ピー の嵐が。

    残りの4人は無事。4人と 2人の 食べた物を 総合すると、

    このダルバザでの 焼きトマトが 原因、ということになった。

    ホントね、トイレ地獄。つらかった…

    トルクメニスタン⑥ KOW-ATA

    いったん話をアシュハバッドに戻そう。

    アシュハバッドには、KOW-ATA と呼ばれる 地底温泉がある。

    外国人料金は 40マナト(1200円!)。

    水着を着て入る、混浴スパだと言う。


    車で向かってみると、そこは聖なる水の地、ということで

    ちょうど結婚式の一団がやって来ていた。

    ウズベクより古典的で、新婦は顔を見せない。
    結婚式顔なし
    でもカメラマンはバシバシ撮る。

    これじゃ誰と写真撮っても同じじゃないかと思った瞬間、

    顔がオープンになった。一瞬だった。
    結婚式顔見世

    ウズベキスタンでは、フォトジェニックなところや 歴史的モニュメントの前で

    結婚写真を撮るが、

    トルクメニスタンでは、パワースポットを巡って

    笛を吹き 太鼓を鳴らし 皆で踊って 写真を撮って周る のだと言う。

    言っているそばから、別の一団がやってきた。


    とりあえず、風呂入りましょう。

    と天の岩戸みたいな入口をくぐると

    そのまま 地獄の一丁目まで行けそうな 岩の階段を 降りる下りる。

    こうもり や ハトが 所どころに巣を作っている洞窟は

    すべりそうで 暗くて、なかなか恐ろしい。

    やがてコンクリ敷きの 踊り場に出た。

    カーテン一枚の お着替えボックスが二つ並んだだけの 脱衣場と

    さらに その下に広がるのは
    KOWATA.jpg
    地獄風呂。

    写真よりも実際はずっと暗くて、深さがわからないので

    泳ぎながら けっこう怖い。


    水着の混浴と言いながらも、肌の露出を 許さない イスラムでは

    女性が 混浴でお風呂に入るなんてありえないのだろう。

    入浴している私達をみて、地元男性たちは かすかに色めき立ち、

    子供等を連れてきた 地元女性たちは、

    まぁ!女の子が お風呂に入ってる! と驚いた顔を見せた。


    私たちに気を取られてはいないことをアピールするためか、

    男どもは、タイヤチューブを浮き輪代わりに、

    ザブーンザブーンと プールみたいに はしゃぎはじめたけど

    どう考えたって ハトの糞とか 溶けているでしょうし

    顔をつける気には なれない私。

    温かくもないので、足のつくところにじっとしてみた。


    ここの泉質は、ものすご~く体に良いんだ、と力説されたけど、

    いやぁ、気持ちいいとまでは いかないっす。

    しかし、トルクメの地獄は これで終わらない。

    トルクメニスタン⑤ トルクメンバシュ

    またも飛行機に乗って、

    今度は トルクメの西の果て トルクメンバシュ に移動。

    ここは、とうとう 地球の歩き方 にすら 載っていない街。

    何があるのかって?

    それは、海!
    カスピ海 トルクメンバシュ
    いや、カスピ海!…つまり湖。

    カスピ海を見るためだけに、この地へやってきてみた、酔狂。

    湖の対岸は、アゼルバイジャンの首都 バクーだ。

    白タクの運ちゃんや 街の人の顔も、何となく浅黒く 彫りが深く 乾いていて

    西に来たな、という感じがする。

    アシュハバッドにいた 白人系や 東アジア の顔つきは まるでいない。

    聞いてみれば 運ちゃんは やはり アゼルバイジャン人だ、という。

    そんな西の顔が 上手じゃないけど ロシア語しゃべる。

    すごく違和感。

    ソ連、広すぎだよ。欲張り過ぎだ。しょせんこれは無理があったよ。

    と勝手に一人で納得。


    バクーへ渡る船が出ているため、トルクメンバシュは

    ユーラシアを横断する人の来訪率は高い。

    しかし、素通りされてしまうだけの 工業港湾都市だ。

    数多くのコンビナートが立ち並び、日本のコマツなども進出している。


    しかし、実は トルクメンバシュは なんとなんと、第2のドバイを目指している。

    ホテルもご立派なのが 林立!
    第2のドバイ
    のイメージだったが、割とスカスカと立っている。現在5棟。

    でも はいってみれば 超豪華 もちろん右のポスターはナルシス大統領。
    ホテル
    CISとは思えない 素晴らしい水周り。

    お値段は 意外とお手頃 ツインで70ドル しかも3食付き。
    ホテルのレート

    さて、ホテルのプライベートビーチは、というと…
    カスピ海
    ちょい さみしい。
    カスピ海2
    人は、どこなの?

    足をつけたが、叫ぶほど冷たかった。
    カスピ海の貝
    行ったのは9月下旬。シーズンは9/15まで、だそう。

    一週間も違わないのに、この淋しさ、この涼しさ。


    高級エリアには人がいないので、市街地に行ってみると

    こんな庶民的 港町が広がっていた。函館的、な。
    海辺の風景
    こっちから、ドバイエリアを望むと、幻のよう。

    ちなみに、ホテルのごはんはこんな感じで、田舎くさいヨーロッパ料理。
    ホテル飯 地元飯
    こちらは、市場の食堂のショルパ(スープ)。トルクメの旅で一番おいしかった。

    市場では、カスピ海名物 チョウザメのイクラー つまりキャビア を

    密売していると噂に聞いたが、残念ながら 我々 貧しそうに見えたのか

    声をかけてくる人はいなかった。

    だいたいトルクメは、パンピーは外国人との接触禁止!というとんでもない政策を

    とっているので、ウズベクみたいに、皆ガイジンだガイジンだと寄ってこない。

    遠巻きに、じーっと見つめ 見守る、だけ。


    アシュハバッドが、国の威信をかけた見栄 と それを支える現実 で出来ているとすると

    なんか、ここは、国の方向性という名の妄想 と それをせせら笑う労働 で出来ている。

    見に来てよかったけど、出来ればシーズン中の 明るい時に来たかった。

    これで一人旅だったら、もう淋しすぎる。

    トルクメニスタン④ マーリ~メルブ

    トルクメン航空の国内線で 東へ およそ1時間。

    マーリに着いた。

    マーリからは 手配しておいた車で さらに東へ30キロ。

    今日の目玉 世界遺産 メルブ遺跡 を目指す。


    メルブは、シルクロードの重要な交易点で

    紀元前6~4世紀 から 13世紀のモンゴル来襲 まで、

    かなりの長期にわたって 繁栄した都市だ。

    そのため、城壁跡に立つと 各時代の

    ゾロアスター教 仏教 キリスト教 イスラム教 を信仰していた痕跡が

    一度に見てとれる めずらしい 遺跡である。


    とにかく一面が土獏で、遺跡公園として 整備されながら

    入り口で入場料を払えば 車でぶっとばしていい という

    広大な敷地。


    見どころは、大セルジューク朝 最後の王(スルタン)

    アフマド・サンジャールの墓廟。
    スルタン・サンジャール廟 (2) (350x263)
    トルコの協力で修復され 遺跡内のどこからも目立つランドマークだ。


    私は この辺りの 世界史が 非常に苦手で

    ササン朝ペルシャだの セルジューク・トルコだの オスマン・トルコだの

    結局イランなのか トルコなのか

    何が何やら 違いが てんで分からなく 覚えられなかった。

    私の興味はモンゴルの草原どまりだった。


    でも、シルクロードのど真ん中に 暮らすことになった 今なら、

    この辺の歴史の変遷も イメージが 湧きやすくなった気がする。

    国の中に 多種多様な 民族が ひしめいている。

    ユーラシアは、とにかく ず~っと つながって 混ざり合って きたのだ。

    そんなこと知ってるつもりだった。

    でも、肌で わかってなかったのだ。

    韓国~中国~キルギス~ウズベク~トルクメニスタン~トルコ~ギリシャ~イタリアと

    断続的に シルクロードを 周ってみて、

    よくもこの長い距離が 古代から 繋がっていたものだと 感嘆する。

    と同時に、地面さえつながっていれば、どこへでも行けちゃうんだぜ~

    という ユーラシア独特の 距離感覚が ようやっとわかって

    そして色んなことが腑に落ちるのだ。

    ユーラシアが つながってるって、こういうことか、と。


    ウズベクだって かつてはトルコだったし

    インドだって かつては ウズベクが支配していたともいえる訳で

    この辺の歴史に いまの国境線なんて 何の意味もない。

    それよりも、トルコや、ロシアや、モンゴル、もちろんローマも、が

    いかに巨大な勢力圏を誇ったか、

    その 強さ 恐ろしさ 移動距離のすごさ の イメージを

    持った方がはるかに良い。

    そのことを、中学生の私に 教えてやりたい気持ち。


    おっと、話が大幅にそれたけど、

    今回 トルクメの旅で、私がとにかく見たくて仕方なかったのは

    平山郁夫が描いている キズ・カラ という城跡だった。

    それがこのメルブにある。
    メルヴ キズカラ
    こういう絵、見た気がするでしょう?

    絵で見るだけで、一生 行けないだろうと思っていた

    あこがれの 辺境の 地に 思いがけず 来ることが出来ちゃった。

    なんかこの感じは 自分でも どう処理したらいいものか、

    脳が混乱しているのがわかる。

    上ずるでもなく、感激するでもなく、

    なんだか ハ~ とか ホ~ とか いいながら

    壁をなぜてみたりするばかり。


    去りがたくて いつまでも眺めていたかったけれど

    なにしろ ものすごい暑い 土獏のど真ん中なので、

    そこは 現実が引きもどしてくれた。

    振り返れば、こんなカワイコちゃんが 悠々歩いてんだもの。

    先へ進まなくちゃ。
    メルヴのラクダ
    出会った羊飼いのおじいさんは 70歳。
    メルヴのラクダ飼い
    息子がトルコの大学に留学中だと言う。

    …70歳の息子が留学生とか、羊飼いの息子が留学とか

    合点がいかない部分もあるので 色々聞きちがえているのかもしれないけど

    ロシア語だった。

    こんな土獏には ひどく不似合な言葉だと思った。


    これはラクダが 好んで食べる草 ヤンダク。

    えぐみがあって 塩味がするんだと言う。
    らくだの地
    これはラクダの足跡。


    メルブをまわるのは 時間と体力が かなり持って行かれるので

    旅行の際は 日程の初めの方に 入れることをすすめる。

    旅行者はお腹を壊しやすい国なので、ピーピーで ここは まずムリだ。


    アシュハバッドから日帰りでも 充分に楽しむことができるが、

    ゆっくり周りたい人は 宿泊すると良いだろう。

    地球の歩き方には、ホテルは一軒だけ、写真も値段もない有様だが

    マーリの市街まで戻れば

    こんな近代的なきれいなホテルが 幾つか建っている。

    お茶や 朝食に立ち寄ることも可。
    マリ マルギットホテル
    プロフィール

    チモラーシカ

    Author:チモラーシカ
    ウズベキスタンの首都
    タシケントで
    働いたり 趣味に燃えたり
    壊れまくる冷蔵庫に泣いたり
    の毎日を経て、
    ウズベク暮らし4年目の夏
    日本へ帰ってきました。

    趣味: ものづくり 韓国語
    モットー: 何でも食べる

    帰国して5年
    経ちますので
    情報はどんどん
    劣化していきます。
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